第53章 川上之嘆(せんじょうのたん)
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羽虫(はむし)さえも深い眠りに落ちる丑の刻。
『トリカブトだと、やっぱり眼瞼下垂の事例はないか…。水仙の毒なら皮膚炎も併発するはず…。』
ふと目を開けると、僅かな行灯の灯りを頼りに医学書に目を走らせる家康の横顔がある。
(こんな時間なのに、まだ起きてたの?)
『家康?』
ひなが声を掛ける。
『ひな?ごめん、起こした?』
『ううん、ただ目が覚めただけ…。もうこんな時間なのに、まだ起きてるの?』
ゆっくりと体を起こしながら文机を覗き込む。
『うん、なかなか毒の特定が出来なくて。っていうか、あんては寝てて。』
ひなが緩く首を振る。
『私は寝てるよ。そっちこそ、少しは寝ないと。家康が倒れちゃう。』
家康は歩み寄ると、そっと ひなの体を布団に横たえる。
『俺は大丈夫。腐っても武将だからね。一日、二日寝ない程度で どうにかなるほどやわじゃない。
それに、自分でも解ってるだろうけど、症状の進行が予想以上に速い。
急いで毒の特定をしない…とっ!』
ひなが家康の頬を掌で包む。
『だけど家康、目が真っ赤だよ。ふふっ、ウサギみたい。可愛い。』
『な、男に可愛いとか…。』
反論する間に、ひなの掌が布団に落ちる。
『…言いたいこと言って寝るところ、ひならしいよ。』
頬に笑みを浮かべ、落ちた掌を掴むと、さっき ひながしたように自分の頬に添える。
『ウサギって撫でられるのが大好きなんだってさ。皆からは、からかわれるだろうけど、ひなになら撫でられてもいいよ。』
そう言うと、ひなの掌を優しく布団の中に戻し、文机の前に戻る。
肩を回して気合いを入れ直すと、再び医学書を睨み始めた。
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それよりも少し前、真夜中に差し掛かろうかという時刻。
他の広間で策を練っていた信長、秀吉、三成の元に、光秀の斥候、久兵衛がやって来た。
広間の外で膝をつき、中に声を掛ける。