第52章 諸行無常(しょぎょうむじょう)
『危ないっ!』
顕如に向けて投げられた小刀を、佐助がクナイで軽く弾く。
『大丈夫ですか?顕如さん。』
『ああ、すまない。しかし、蘭丸はまだしも、何故お前達がここに?』
不可解な面持ちで佐助に問う。
『忍ネットワークを甘く見てはいけません。
蘭丸さんのSOSを受けて飛んで来たんです。』
『熱湯…?えそ…?なんだそれは。』
顕如は、眉間の皺を深くする。
『あー、忍の情報伝達網に、蘭丸さんの「タスケテー」の声が引っ掛かった、という意味です。
困った時はお互い様の精神で、信玄さまお抱えの三ツ者の皆さんも駆け付けてくれました。』
喋りながらも佐助は、襲ってくる敵の後頚部に手刀(しゅとう)を打ち、倒していく。
気付けば、長政の家臣達は全て地面に突っ伏していた。
それを、三ツ者が縄でグルグルと近くの木に縛り付けていく。
『顕如さま!』
蘭丸が顕如の元に駆け寄る。
『蘭丸…怪我は無いか。』
『はい、ひとつも。この程度じゃやられないことくらい、解ってるくせに。顕如さまこそ、大丈夫ですか?』
心配そうな蘭丸の問いかけに微笑んで答える。
『ああ、お前達のお陰でな。』
『ここは俺達で適当に片付けます。さあ、皆さんは早く安土に その武器と弾薬を届けてください。』
『すまない、佐助。恩に着る。』
佐助らに背中を押され、顕如達は再び行軍を開始した。
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近江に入り少しの休憩を挟む。もう安土は目と鼻の先だ。
顕如は深く溜め息をつく。
元就が何故、理由も告げずに荷を運べと言ったのか、顕如には知る由も無い。
ただ、ひとつの確信はあった。
(ひな…あの娘の為なのだろう。そして私もまた、同じだ。)
『祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり…。
(ぎおんしょうじゃのかねのこえ、しょぎょうむじょうのひびきあり)
お前への想いだけは、この限りではないらしい。』
あと一刻半程で、暗く長い夜が明けようとしていた。
※諸行無常~この世の万物は常に変化して、少しも留まる物は無いという意味。人生の無常を唱えた仏教の根本的な考え。