第52章 諸行無常(しょぎょうむじょう)
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顕如は、夕闇に紛れ静かに、しかし確実に隊列を進める。
(まだ敵さんには気付かれていないようだな。しかし派手な音をさせている。
謀略王と言われた男の事だ。とんでもないことを やらかしているのだろうな。)
キリキリと締め付けられるような緊張感の中、既に数刻が経った。
(もうすぐ子の刻か。みな疲労の色が濃いな。しかし、近江は目と鼻の先…。)
『皆の者、この林を抜ければ近江の地に入る。そうすれば少しは安全に行軍出来るだろう。
今暫く頑張ってくれ。』
『ははっ!』
皆が一様に頷いた、かと思われた。
『…安全に行軍されては困るのだ、本願寺光佐(ほんがんじこうさ)殿。』
すぐ側から聞こえた声に顕如が飛び退く。
『貴様は…。』
『隊を率いるのが元就で無くて良かったわ。
あいつには簡単にバレてしまっただろうからな。』
長政の手の者が、元就の家臣に化け潜んでいたらしい。
次の瞬間、甲高い指笛が辺りに響く。落ち葉を踏み鳴らす音がしたかと思うと、あっという間に黒い影が顕如達を取り囲んだ。
(三割程は着いてきおったか。)
顕如は錫杖の先を粛々と外し、そこに隠れていた刀を構え直す。
『銀髪の戯け者(たわけもの)との約束を反古(ほご)にする訳にはいかんのだ。堪忍な。』
そう言うと、大きな体に似合わぬ軽やかな身のこなしで、前方にいる数人を薙ぎ倒す。
他の家臣達も刀を手に必死に応戦するが、怪我人がおり武器・弾薬を守りながらでは部が悪い。
(こやつら、なかなかの手練れだな。長引けば こちらが危うい。)
『顕如の首、頂いたー!』
前方の敵を相手にしていて、後方に隙が出来た。
(しまった…!)
『そう簡単には、あげないよ~。』
金属が激しくぶつかる音と、この場に不似合いな、のんびりとした口調が聞こえる。
『蘭丸?』
『はい、蘭丸 参上!顕如さまが全然呼んでくれないから、待ちくたびれて出て来ちゃいました。』
蘭丸は目にも止まらぬ速さで、一人、また一人と敵を沈めていく。
辺りを見回すと同じような忍が数人、ばったばったと敵を薙ぎ倒しているではないか。
『あれは確か、謙信お抱えの忍、佐助とか言ったか。』
(向こうにいるのは信玄の…三ツ者?)