第52章 諸行無常(しょぎょうむじょう)
『おい、次の弾 込めろ。』
『は、はい。』
家臣は、顔をしかめながらも弾を込め火を着ける。そんなことを数度 繰り返し、支えている足も覚束無くなってきた。
(あー、くそっ!そろそろ限界か。)
元就が焦(じ)れかけた時、
『た、退却ー!退却だ!引けーっ!』
長政の軍が敗走し始めた。
『ったくよー、しぶとい奴らだった…ぜ。』
元就の肩から大筒が滑り落ちるように地面に降ろされた。
『親方さま!』
家臣が すぐさま駆け寄り小さく悲鳴をあげる。
『…ひっ!』
『なんだ、その女みてぇな悲鳴はよー。』
家臣の目線を辿ると、赤いような黒いような己の体が見えた。
大筒の重さと熱のせいか、担いでいた肩の皮膚は溶け、肉が抉(えぐ)れている。
良く見れば両の掌も、手袋もろとも皮が剥げ落ち血だらけだ。小刻みに震える掌に、 さすがの元就も弱音を漏らす。
(右肩は、逝ったか?もう感覚が無い。)
『馬は…無理だな。』
(ったく、この手じゃ手綱も握れねぇ。歩いたら安土まで どんだけかかんだ。)
空を仰ぎ見ると、不似合いな程に美しい星が瞬いている。
元就の気持ちを察するかのように、他の家臣たちも周りに集まって来た。
誰ともなく自分の着物を引き裂いて、元就の掌や肩に巻く。
両肩を支えて立たせると、馬の背に引き上げた。その体が落馬しないように縄で縛る。
『親方さまが俺達を守って下さった。今度は、俺達が親方さまを守る番です。必ず無事に安土にお届けします。』
『クックッ!既に無事じゃ無い気もするが、そこまで言うんなら、甘えさせてもらうわ。
暫く寝る。安土に着いたら…起こせ。』
そこまで言うと、馬の背に突っ伏すように気を失った。
『親方さま!…よし、急ぐぞ。なんとか明け方までには安土へ。』
『おう!』
元就を乗せた馬を囲むように、家臣たちは その場から走り出した。