第52章 諸行無常(しょぎょうむじょう)
続けざまに、数発の銃声が響き渡った。
『くそっ、しっかりしろっ!』
撃たれた家臣の両脇に後ろから手を入れ、引き摺るように物陰に運ぶ。そっと弾の当たった腹を触ると、家臣が「うっ!」と呻き声を上げた。
『掠めただけみてぇだな。』
ビリビリと外套の裾を破き、包帯がわりに家臣の腹に巻き付ける。
『もうすぐ夜だってのに戦を仕掛けてくるなんざ、正気の沙汰じゃねぇぜ。』
この時代、夜は休戦するのが暗黙のルールだ。松明(たいまつ)くらいしか灯りの無い夜に戦えば、最悪 同士討ちということにもなりかねない。
『元就、大丈夫か!』
離れた場所から顕如の声がする。どうやら無事のようだ。
『ああ、なんとかな。でも家臣がやられた。闇討ちなんて何処の馬鹿だ?』
元就が、そっと顔を出して敵を伺う。僅かに、はためく軍旗が見えた。
(あの旗印…。三つ盛亀甲花菱紋(みつもりきっこうはなびしもん)?)
『まさか…。貴様はここにいろ。』
腹に銃弾を受けた家臣を残し、元就は顕如の声がした方へ走り出る。
それを待っていたかのように降り注ぐ銃弾の雨の中、なんとか顕如と合流する。荒い息を落ち着かせながら元就が言った。
『顕如!あんたに頼みがある。』
『お前が俺に頼み事だと?』
怪訝な顔をする顕如を無視して、元就が話をする。
『俺と少数の兵だけここに残る。他の奴らを連れて安土へ行ってくれ。』
『なに?』
顕如が眉間に皺を寄せる。
『理由は聞くな。必ず織田軍に武器と弾薬を引き渡すと約束しろ!
…頼む。』
何か言いたげに口を開いた顕如だったが、フィッと目をそらし元就の家臣らに向き直る。
『今回だけだ。』
『助かるぜ。』
『お前も必ず追って来い。再開した暁には法話の一つも聞かせてやろう。』
『ハハッ、海賊に法話かよ。ま、聞いてやってもいいぜ。それが俺の葬式じゃないことを祈るわ。』
お互いに背中を向ける。
顕如は武器・弾薬を携(たずさ)えて家臣たちと安土へ、元就は少数精鋭の兵で敵と対峙するために。