第52章 諸行無常(しょぎょうむじょう)
『やめろ。』
顕如に制されて踏みとどまる。
『顕如さま!しかし…。』
『こいつの言うとおり、私は煩悩の塊だ。そのくせ、それを本人に知られるのが怖くて突き放した。
だが、あの娘(むすめ)が危険な目に合うかもしれんと思ったら、勝手に体が動いていたのだ。
もし、ひなを傷つけるような真似をするならば、容赦せん。』
元就が長い溜め息をつき、馬を降りる。
『よっこいせ、っと。それは俺じゃ無くて、直接あのお姫さんに言ってやれよ。泣いて喜ぶと思うぜ。
面倒臭ぇが、おめぇさんは きちんと話さないと解らねぇみてぇだな。』
そう言うと、元就は事の成り行きを顕如に語った。黙って聞いていた顕如が、僅かに頭を垂れる。
『お前も信長と和睦を…そうか、勘違いして すまなかった。』
『えらく簡単に信じるんだな。おめぇさん、もっと疑り深かったように記憶してるが?』
探るような元就の言葉に、今度は顕如が溜め息をつく。
『お前が、あの娘に私と同じ想いを抱いているなら、嘘はつかんだろうと思っただけだ。』
元就は少し目を見張り、「そうかよ。」と気の無い返事をする。
そこへ、黒装束の男が、もう一人駆け寄って来た。
慌てた様子で顕如になにやら耳打ちする。
途端に顕如の顔から血の気が引いた。
『っ…それは誠か。』
『はっ。我が同胞の密偵が掴んだ情報ですので、九分通り間違いないと思われます。
城内では、既に箝口令が敷かれており、それ以上の情報は得られなかったようです。』
ただならぬ雰囲気に、元就も問いただす。
『おい、何があったってんだ。』
顕如は、躊躇うように一拍置いて、
『あの娘が…ひなが、何者かに毒を盛られた、と。』
絞り出すように言った。
『なんだと?おい、貴様。どういうことか俺にも説明しろ。』
元就が黒装束の男の胸ぐらを掴み、反対の手で持った銃を、 その こめかみに押し付ける。
『ひぃぃぃっ!』