第52章 諸行無常(しょぎょうむじょう)
夜風に揺れる障子の音にひなが身じろぎする。
『ん…。』
布団に横になっていたら、いつの間にか眠ってしまったようだ。
(あれ、いつの間に寝ちゃってたんだろ。)
ゆっくりと体を起こし、広間を見回す。家康の姿は無い。
代わりに、持ち込まれた文机と、その周りに散乱する山のような医学書、薬草類。
(家康…。きっと私が眠っている間も、私が飲まされた毒の解毒剤を必死に突き止めようとしてくれたんだろうな。)
申し訳なさと、大切にされている喜びを感じ、心が疼く。
『うっ!ウゲッ…!げほ げほ!!』
ひなは急な吐き気に襲われ、もどしてしまう。激しくむせながら布団に突っ伏していると、異変に気付いた三成が広間に入ってきた。
『ひなさま、どうされました?…っ、大丈夫ですかっ?』
慌ててひなの背中を擦り、ひなが汚した布団を取り去ろうとした。すると後を追うように入ってきた家康が叫ぶ。
『三成、触るな!』
反射的にピタリと三成の手が止まる。
『不用意に吐瀉物に触れないで。離れて。』
『ああ、はい。すみません。』
「大丈夫ですよ。」と言いながら、ゆっくりと三成が離れる。
手拭いで鼻と口を覆った家康が、そっと ひなを抱き起こす。
『気を悪くしたなら、ごめん。もし伝染性のある物ならマズいから。』
濡れた手拭いで、ひなの口元を拭いながら家康が謝る。
『ううん、気にしないで。家康は間違ってない。だから家康も近付かない方が…。』
(確かに、もしも毒が形を変えて他の人に伝染るような物なら大変な事になる…。織田軍を滅ぼし兼ねないってことだよね。)
まさか帰蝶は そこまで考えて自分に毒を飲ませたのか?というところまで勘繰ってしまう。
『俺は大丈夫。毎日 薬品に触れてるから多少、耐性がある。
だから当面、あんたの世話は俺がやる。三成も…悪かった。』
『いいえ。』
にっこりと笑いながら三成は首を振る。
『悪いついでに頼みがある。この布団は念の為に廃棄する。新しいの一式、持ってきて。
あと、水と着替えも。』
(謝った途端、人使い荒い!)