第50章 当意即妙(とういそくみょう)
『くそっ、大将自らこんな所まで追ってくるとは…。ひな、怪我は無いか?』
慶次の問い掛けに、小さく頷きながらも、すぐには声が出せない。
『私…口移しに何かの毒を…飲まされた…みたい。』
ひながポツリ、ポツリと口を開く。
『毒?』
ひなは、先程 帰蝶から聞かされたばかりの毒の性質を説明する。
『七日間位かけて、ゆっくりと体を麻痺させるって。』
『なんだって!?なんでそんなもん…。』
(言ってる本人が、一番 解らないよ。)
『解毒剤はあるのか?』
『帰蝶さんの斥候が持ってるって。』
そこまで告げると、ひなが言い淀む。
『…なにか交換条件があるんだな?』
『っ…。』
(言えないよ、そんな事。信長さまを殺さなきゃいけないなんて。
考えろ、私。それらしい理由を。)
『うん、逃げ回る斥候を探して自分で見つけろって。
さもないと、これから始まる戦の…邪魔をしてやるって。』
『…無駄に頭のいい帰蝶の事だ。そうやって織田軍の足並みを乱れさせ、自分が天下を取ろうって魂胆か。』
(信じて…くれたのかな?)
『兎に角、食事処に戻ろう。兼続が心配してるだろう。』
… … …
その後、急いで食事を終えると、再び安土を目指す。
が、体の事を考え、ひなには籠が用意された。
『あの、ホントに今は なんともないから。』
『毒物は、体を動かすことで廻りが速くなる。それを遅らせる為だ。少しは言うことを聞け。』
兼続にたしなめられて渋々 籠に乗る。
『すぐに追い付く。』
『…はい。』
返事をすると、そっと畳表が下ろされ、外が見えなくなった。
『心配するな。必ず助ける。おい、行ってくれ!』
『へいっ!』
兼続が籠かきに声を掛けると、籠が静かに動き出した。
『よし、兼続。俺達も急ぐぞ。』
『ああ。』
籠が揺れるたび、帯に挟んだ根付けの鈴が清らかな音を響かせていた。
※当意即妙~すばやく、その場に適応した機転をきかすこと。また、そのさま。