第50章 当意即妙(とういそくみょう)
キョロキョロと見回していると、近くで僅かに鈴の音が聞こえた。
目を凝らすと、先程 通ってきた通りの真ん中辺りに落ちているのが見える。
『あんなとこに!慶次、ちょっと取って来るね。』
『あ?おい、あんまり離れるなよ。』
『うん、大丈夫。すぐそこだから。』
ひなが小走りに駆け出す。近付く間も、通りを歩く人達に蹴飛ばされ、痛々しく鈴が鳴いた。
(わゎゎ!)
あれよと言う間に近くの草むらに転がっていく。
(うーん、何処いっちゃったんだろ。)
ひなは、しゃがみこみ草を分ける。
『お探しのものはコレかな?』
目の前に掌が差し出され、その上に探していた根付けが乗っていた。
(あ!)
『そうです!すみません、ありが…。』
顔を上げ礼を言いかけて、ひなが固まる。
片膝をつき、ひなの前に座っていたのは、まさに帰蝶その人だったからだ。
『帰…蝶さん?』
ひなが名前を口にした瞬間、帰蝶の顔が近付き、ひなの唇に柔らかい物が触れた。
『んっ…。んんっ!』
(く、口づけされてる!?)
必死にもがくものの、体ごと抱きすくめられていて逃れられない。
帰蝶は、無理矢理 舌でひなの口を押し広げると、液体を口移しに流し込む。
ひなが飲み込んだのを確かめると、そっと唇を離した。
(なに!?今、何か飲まされた…。)
『遅効性の毒だ。およそ一週間…ああ、この時代に一週間という概念は無いな。
七日程かけて、ゆっくりと お前の体を麻痺させていく。
例の物は持っているな?体が動かなくなる前に信長を殺せ。
信長の死が確認できれば、すぐにでも俺の斥候が解毒剤を打つ手筈を整えている。』
『なにを…。』
(なにを言ってるの、この人。)
『おーい、ひな。あったのか?』
戻ってこないひなを心配して慶次が草むらにやってきた。
『何処まで行って…。貴様!』
帰蝶の姿を見つけ刀を抜く。
『悪いが、今は戦う時ではない。』
そう言うと、あっという間に雑踏に消えた。