第50章 当意即妙(とういそくみょう)
『兼続、流石のお前でも触りたくなる気持ちは解らなくもない。』
『ば、馬鹿を言うな。俺はただ…。』
『はっ、お前、こいつの事になると よく怒るな。
さて、俺達も交替で寝るとしようぜ。
先に寝るが、一刻程したら起こしてくれ。じゃあな。』
慶次が有無を言わせず、先に目を瞑る。
『お前、人の話を聞いているのか。』
『聞いてる、聞いてる~。』
慶次が、ひらひらと手を振って答える。
『はぁ、安土には のほほんとした奴しか いないのか。』
『…今だけは、ひなと二人の時間を堪能してろって事だよ。
ま、譲る気は無いけどな。』
『…。』
少しすると、慶次の寝息も聞こえだした。
『変に気を回しすぎだ、馬鹿。』
言いながらも、目の前のひなの姿を、兼続は愛しい眼差しで見つめ続けた。
… … …
翌朝、宿の朝餉を早々に食べ終えた三人は、また安土を目指して歩く。
夕刻になれば、また近くに宿を借り、朝が来ては歩き出すのを三度ほど繰り返した頃、近江の地へと足を踏み入れた。
『回り道をしたから少し時間がかかっちまったが、ここまでくれば、一安心だろう。』
慶次が久方ぶりに表情を和らげた。
(良かった。取り敢えず無事に帰れそう。)
『いくら織田の領地だと言っても、まだ気は抜くな。』
いつものごとく厳しい顔で兼続が諭す。
『ま、兼続の言うように用心に越したことはねえか。とは言え、腹は減ったな。
そこの食事処で昼飯にしようぜ。』
慶次が指差す先には、地元の人気店なのか多くのお客さんで混みあう食事処があった。
(ここなら人目も多いし、平気だよね。)
丁度 入り口近くの席が空き、三人でそこに座る。
(ふぅ、さすがに疲れたな。)
小さく延びをしたひなが、『あれっ?』と帯を触る。
『どうした?』
『あ、うん、根付けが…元就さんに貰った根付けを落としてしまったみたいで。』