第48章 虚々実々(きょきょじつじつ)
『いえ、ぬるいくらいの方が飲みやすいです!』
(せっかく用意してくれたのに失礼なことしちゃった!話に夢中で口も付けてなかったよ。)
慌ててひなが湯呑みを取ろうとしたものだから、案の定…。
バシャッ!
『きゃっ!』
『あーあ、やっちゃったね。』
転がる空の湯呑みを拾いながら蘭丸が呟いた。
見つめる先には、頭からお茶を浴びた ひなと、目が点になり固まる顕如の姿があった。
『あ…ご、ごめんなさい。』
『いや、私こそ すまない。ひとまず これを。』
顕如が懐から手拭いを取り出し、ひなに差し出す。
『お借りします。ありがとうございます。』
(はぁ。煎れ直したお茶じゃなくて良かった!)
受け取った手拭いで慌てて髪を拭く。幸い髪が濡れただけで着物は無事のようだ。
『乾くまで 居るがいい。』
『もう暗くなりますし、皆が心配するといけないので帰ります。この程度なら帰るうちに乾きますよ。』
『いや、しかし…。』
困惑する顕如に蘭丸が言った。
『顕如さま、俺、ひなさまを安土城まで送って行きます。このまま一人で帰ったら何事かと思われちゃいそうだし。
一緒に帰って適当にごまかします。あ、あと言い忘れてたましたけど、やっと軟禁が解けました。』
蘭丸がキラキラの笑顔で告げる。
『蘭丸、そういう大事な事は、今度から先に言ってくれ。』
… … …
「本当に大丈夫か?」と帰る間際まで顕如は心配していた。
(予想以上に優しかったな、顕如さん。これくらい大したこと無いのに。)
『…。』
そんなことを考えながら隣を歩く蘭丸の顔を伺う。顕如の居た寺を出てから一言も話さない。
(どうしたんだろ、蘭丸くん。)
もうすぐ安土城という時、やっと口を開いた。
『ねえ、ひなさま。』
『ん?』
『さっき言ったこと、俺は本気だからね。顕如さまには、けんもほろろに否定されちゃったけど。』
『ええと…。』
即答できず、ひなは言葉に詰まる。