第48章 虚々実々(きょきょじつじつ)
一気に話したせいで乱れる呼吸を整える。
顕如は、そんなひなの言葉に何も言わず、耳を傾けている。
『お願いです。信長さまと和睦して下さい。』
ひなが畳に三つ指をつき、深々と頭を下げる。
『やめろ。そんな真似をするな。』
ゆっくり顔を上げると、険しい顔をした顕如と視線がぶつかる。
『お前に頭を下げさせたいわけではない。』
『それじゃ、信長さま本人が頭を下げたら和睦してくれますか?』
ひなが尋ねると、はぁ、っと溜め息をつきながら、顕如が額に手を当てる。
『人の心というのは、そう簡単に変えられる代物ではない。
知恵の板のように難解で、相容れないものなのだ。
(*知恵の板~正方形を分割した7つの三角形や四角形のタイルを使い、さまざまな形を作るパズル。江戸時代に流行ったと言われています。)
ましてや あの鬼は、我等と戦った際、無抵抗の女子供まで切り捨てた。
頭を下げた位で許せるものなら、このような戦とっくに終わっているだろう。』
静かな物言いだが、考えを変える気が無いことはハッキリと感じ取れた。
『…解りました。今日のところは引きます。
でも、また来ます。あなたが根負けして『和睦したい』と言うまで何度でも!』
心底 困った顔をして顕如が言う。
『ありもしないことの為に、大切なお前の時間を裂くな。』
(あぁ、そうだった。この人は冷たい訳じゃない。有り余る程の優しさを持っていて、必死に隠すような人だ。)
『顕如さんとの和睦が大切では無いと誰がいいました?私にとっては大切です。
ですから私は、その為に私の大切な時間を使います。』
『頑固な女子(おなご)だ。屁理屈を捏(こ)ねるな。』
『私、昔から頑固者で、親にも『女としては致命的だ』と呆れられたほどです。』
えへへ、と ひなが笑う。
『わぁ。顕如さまが こんなに楽しそうに話してるのを見るの、久し振り。』
蘭丸が湯呑みを手に二人の顔を交互に見ながら言った。
『…楽しくない。』
そう言うと顕如はフイッと横を向き、何も語らなくなった。
(うーん、流石に嫌われちゃったかな。)
ひなが頬を掻きながら小さく反省する。
『茶が ぬるくなったな。煎れ直してこよう。』
正座をしていた顕如がスッと立ち上がり、盆を持ち上げる。