第12章 家康
『信長さま、そろそろ…。』
家康に脇から声を掛けられた。
(そろそろ?そろそろって、なに!?)
「…なんだろうな。」
にやりと本家・信長が笑う。
(えーっ!?なんなのっ!)
… … …
『はい、口開けてください。次は舌を出して。』
…いらぬ心配をしていたら、家康の診察だった。
御典医でもある家康は毎朝、信長さまの健康チェックをするのが日課だ。
『今日は脈も落ち着いていますね。それじゃ足、伸ばしてください。』
うん、と正座していたひなが足を投げ出す。
『足首の火傷も大丈夫そうです。それじゃ今日の診察は これで…。』
いいかけて家康が黙り込む。
『家康?』
家康はひなの足首を掴んで見つめている。
え?他に怪我なんかしてないはずだけどな。
『信長さま…こんなに細い おみ足でしたか?』
家康が遠い目をして言う。
『それに、こんなに白い肌を されていましたっけ…?』
壊れ物に振れるように、家康の手がひなの肌を滑る。
『きゃっ!』
思わず声をあげると、はっと家康が我に帰った。
『も、申し訳ありません、信長さま!』
そう言うと慌てて手を離し間合いを取る。
『平気、気にしないで。』
ひなは、そう言い残すと、診察されていた広間を出た。
(びっくりしたー…。)
そういえば、本家・信長が『家康は無愛想で何を考えているのか解らん事も多いが、意外と聡い。』と言っていた。
信長が女ということに、何となく疑問を抱いたのかもしれない。
『怖い武将にばかり気を取られてた。可愛い顔してても家康だって武将なんだよね…あなどれない。
気を付けなくちゃ。』
そう決意して出ていったひなを見ながら、家康は考えた。
(信長さまって…もっとこう、ごつごつしてたというか…。
逞しい女子だった気がするんだけど。
本能寺から戻ってきて以来、なんだか可愛くなったような。
いやいや、俺の気のせいだ。…鎮静薬でも飲んでおこう。)
おかしな誤解をし合っていることには、まだ気付かない二人だった。