第48章 虚々実々(きょきょじつじつ)
『あー。』
広間には、ほかほかと湯気の上がる白米や香ばしい香りの魚など、食欲をそそる朝餉が並んでいる。
『はい、もう口閉じていいよ。すっかり火傷も治ったみたいだね。これ以上 口開けてたら、よだれこぼされそう。』
(家康に相変わらずの憎まれ口を叩かれても、ちっとも腹が立たない!)
『ありがとう、家康!』
ひなは、ニコニコと笑いながら家康に礼を告げると、早速 箸を手にした。
『はぁ、ひなの食欲に勝てる気がしない。恋敵が食べ物って…。』
ひなに、家康の呟きは全く聞こえていなかった。
『ん~!おいひぃ~!』
この一週間、酒は勿論だが酸っぱいものや刺激の強いものも良くないと、極力 控えさせられていた。
必然的に薄味の物ばかり食べていたので、しっかりと味のある料理に焦がれていたのだ。
(シャケの塩味、絶妙!お味噌汁も出汁が効いてて白ご飯に合う…卵焼きなんて食の境地だよー。ふわふわで私好みの甘さ!)
喜びに天を仰ぐと、頭上で吹き出している秀吉と目が合う。
『そんなに慌てて食べたら、喉に詰まるぞ。』
秀吉が湯呑みを手渡しながら言った。
『あ、秀吉さん、おはよう。お茶も、ありがとうございます。』
(見られてた…恥ずかしいっ。にしても相変わらず秀吉さんが淹れてくれるお茶は美味しいな。)
ゴクリとお茶を飲みながら、再び戻ってきた平穏な朝を噛み締めていた。
少し経った頃、パシン!と障子の開く音がして、羽織を翻しながら信長が広間に入ってきた。
瞬間、家臣たちが居住まいを正し、信長に挨拶をする。ひなも向き直って頭を下げた。
『皆そのままでよい、耳だけ寄越せ。光秀、報告を。』
『はっ。』
信長に即されて、光秀が前に出る。
『先般、越前の朝倉義景(あさくらよしかげ)に、不穏な動きありとの報が、我が斥候より入りました。』
(朝倉義景…って、だれだっけ?)