第47章 前程万里(ぜんていばんり)
… … …
『もしかして貴方も、どこか別の時代からやってきた…と?』
(えっ、『あなたも』って言った?)
… … …
『もう武将達には伝えていますが、私は500年後の未来から来ました。
そして、この時代では知る筈の無い言葉を喋っているあなたも…何処か他の時代に行った事があるんですよね?』
暫く沈黙が流れた。
ピチョン…。
どこかで水の滴る音がする。それを合図にするかのように、低く淀みの無い声で帰蝶が話し出す。
『…ああ、そうだ。』
(やっぱり!)
『数多(あまた)の電化製品とやらが幅を利かせ文明が発展した時代だった。人はみな車や電車にギュウ詰めで乗り、会社で働く。
馬鹿みたいに平和で、馬鹿みたいに陳腐だ。』
見てきた光景を思い浮かべているのか、視線が彷徨う。
『俺はもっと…血湧き肉踊るような光景が見たいのだ。生きている実感が欲しいのだ。
その為には、そんな時代の礎になるだろう信長を排除せねばならない。
その為には、お前の力が必要だ。俺が壊したい時代からやってきた、お前の力が。』
そこまで一気に話し終わると、ひなを拘束する腕を緩める。ヒ素の入った薬包紙(やくほうし)を差し出すと、ひなの掌を開いて、そこに乗せた。
『信長が口にする食事の中に、ばれないように混ぜろ。お前なら出来るだろう。信長の妹君にまでなった、お前なら。』
『どうしてそのこと…。』
呆れたように笑いながら帰蝶が言う。
『前にも言っただろう?何処にでも斥候は潜んでいると。』
『えっ、まさか…。』
(門番の人も帰蝶さんの仲間!?)
『…ん?』
その時、僅かに何かが焼けるような臭いがした。
『さて、そろそろか。』
帰蝶は、おもむろに立ち上がり、軽く柵の角を叩く。ゴンッ!と鈍い音がしたかと思うと、意図も簡単に柵の一角が崩れ落ちた。
そこには丁度、人ひとり分の隙間が出来ている。
そこを悠々と抜けて、帰蝶が外に出て、ひなへと近付いた。