第47章 前程万里(ぜんていばんり)
『ふっ、牢に武器を持ち込める筈がない、とでも考えているのか?』
ハッとして再び帰蝶の顔に視線を戻す。
『持ち込んだ訳ではない。そのへんの石を削って作った小刀だ。生憎、手先は器用なものでな。』
口の端を上げて、帰蝶が さも当たり前のように言う。
眉間に皺を寄せながら、ひなは身動き出来ない。
『この細い首を掻き切られたく無ければ、俺の言うことに従え。』
帰蝶の言葉は地下牢に流れる空気よりも冷たい。
(誰か…せめて門番の人に、なんとかして伝えられたら…。)
『大きな声は出さない方がいい。喉が震えて、刃物に当たらないとも限らん。』
ピクリとひなは眉を動かし囁くように言った。
『なにが…望みなんですか?』
帰蝶は一度目を伏せ思案したあと、静かに告げた。
『そうだな。俺の望みは…信長の絶命。』
辺りは薄暗いのに、そう言う帰蝶の瞳がギラリと光った気がして背筋が凍る。
『信長さまを殺してどうなるっていうんです?帰蝶さんの得になるようなことは何も無いでしょう。』
ふむ、と帰蝶が考える仕草をする。
『そうかもしれないな。ならば、お前を不幸のドン底に突き落とそう。』
『え?』
(私?どうして そこで私が出てくるの?)
意味が解らず伺うように言葉を待つと、帰蝶がカサリと懐から何かを取り出すのが解った。
『これは「ヒ素」だ。お前なら学校の授業で習った事があるだろう。
例え後から毒だと疑われても検出されにくい。ま、解った所で後の祭りだがな。』
(まただ…。)
『単刀直入に言います。帰蝶さんも、時空を越えて未来に行った事がありますよね。』
『…。』
『私が捕まって、貴方の商館で話したのを覚えていますか?』
… … …
『ん?さっきから何か妙な感じがしてるんですけど…帰蝶さんって外国に行かれた事ありますか?』
『いや。貿易はしているが、まだ行ったことは無い。何故そんなことを?』
『さっきから直々、外国語というか、日ノ本の言葉ではない単語が話の中に出てきたので…。』
少し驚くように目を開くと、帰蝶が感心するように呟く。
『ふーん、さすが信長さまと言うべきか。これは外国語ではなく、この国の言葉。ただし、今より ずっと先の、ですが。』