第47章 前程万里(ぜんていばんり)
『…この期に及んで他人の心配とは。全く貴方には頭が下がる思いだ。』
(うーん、これは もしかしなくとも…。)
『嫌味を言える程に、お元気そうで安心しました。』
にっこりと笑顔を浮かべた ひなの顔が、すぐまた曇る。
柵の向こうに置かれた盆には、夕飯として出された食事が、手も着けられずに乗ったままだ。
『あの…あまり食事を取らないと小耳に挟んだのですが…。』
壁に向かっていた視線が少しだけ こちらを向く。
『ここの食事が美味しくなかったら、すみません。でも帰蝶さん、ただでも細いのに、しっかり食べないと倒れてしまいます。』
ひなが素直な気持ちを告げた。
『食欲が湧かないだけだ。ま、牢で食べる食事が美味いわけもないと思うがな。
そうだ…それならば、貴方がこちらへ来て食べさせてくれるか?』
『えっ!』
(私も牢の中に入れってこと?だけど、それで食べてくれるなら。)
ゆっくりと柵に近付くと帰蝶も立ち上がり、こちらへ歩み寄る。
『あ。』
その時になって、ひなは大切な事に気付いた。
『中に入るには鍵がいるから無理でした!柵越しに食べさせる事は出来るかも、ですけど。』
『それで構わん。』
帰蝶が、夕食の乗った盆を柵のギリギリまで寄せて、すぐそばに胡座をかいた。
ひなは、柵の隙間から腕を入れると、盆に乗った箸を握りしめた。なんとか米粒を掴むと、帰蝶に差し出す。
『はい、どう…。』
言い終わる前に、ひなの腕をパシッと帰蝶が掴む。カランと音を立て、手から箸が滑り落ちた。
『どこまで能天気なお姫様だ。お前は人を疑うことを知った方がいい。』
そのまま引き寄せられ、肩が柵にぶつかった。
『いたっ!』
ひなの声にも帰蝶の力は緩まない。見た目より逞しい腕が こちらに伸びてきたかと思うと、喉元に何かを突き立てられる。
視線だけをその何かに落とすと、帰蝶が握った手の隙間から尖った物が見えた。
(えっ、なにこれ。牢に刃物なんか持ち込めない筈…。)