第45章 意馬心猿(いばしんえん)
『「おひさ」じゃねぇ!お前 今まで何処行ってやがった!?』
幸村が佐助の胸ぐらを掴んで激しく揺さぶる。ブンブンと頭を揺さぶられながら佐助は無表情のままだ。
『幸、落ち着け。』
信玄が、そっと幸村の肩に手をかけながら諭す。
『ごめん、幸村。』
『…っ!』
幸村の目が赤くなっていた。
『勝手に行くな!死んだかと思っただろうが。何かあったら俺を頼れよ。
俺達は腹割って話せる友だろ!』
それを聞いた佐助の顔が喜びに綻ぶ。
『うん。ずっと友達、ズットモだ。だからこそ巻き込むわけにいかなかった。許してくれ。
大まかな話は政宗さんから聞いたと思う。
あの時、俺達が行かなければ、京の町が嵐に飲まれて壊滅してしまう恐れがあったんだ。
町がやられれば、幸村達の命も危なかった。大切な友達や主を危険な目には合わせられない。
きっと、幸村でもそうしただろう?』
その問いかけに、幸村は参ったと言うように笑った。
『ハッ!そうだな。…おかえり、佐助。』
『ただいま、幸村。』
信玄は二人のやり取りを微笑ましげに眺めていたが、まだ表情がすぐれない。
佐助が信玄に向き直り居住まいを正す。
『信玄さま、ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。』
佐助が畳に額を擦り付けるように深々と頭を下げる。信玄は困ったような顔で佐助の両肩を掴み顔を上げさせる。
『信玄さま、ひなさんも無事です。』
途端、信玄は目を見開いた。佐助の両肩を掴んでいた両手に力が入る。
『今、何処に!』
『いてっ。』
だが、佐助の声で すぐさま我に返った。
『はっ!すまない。人には落ち着けと言っているくせに、情けないな。』
佐助は首を横に振る。
『無事、安土城に戻ったようで、これから顔を見に行こうと思います。』
信玄は心底 安心したとばかりに、長い息を吐いた。
『そうか。安土にいるのなら良かった。』