第45章 意馬心猿(いばしんえん)
(確かに俺は酒に強い方だが。)
『そんなこと頼まれたのは初めてだ。』
一呼吸置いてグイッと飲み干す。
『っ!!』
(成る程、確かにこれは強いな。舌が痺れる。なのに、その後に旨味が広がってくる。)
『呑ませてみたいものだ。』
『呑ませてやりたい。』
謙信と兼続が呟いたのは、ほぼ同時だった。
二人が顔を見合わせて気まずそうに反らす。
わざと『誰に?』と聞こうかとも思ったが、両側から斬りかかられたらたまらない、と佐助は口を噤(つぐ)む。
『謙信さま、兼続さん。俺は今から信玄さまの居城、躑躅ヶ崎館へ向かいます。
きっと、お二人と同じように心配して下さっていると思うので。』
『だから俺は貴様が消えたくらいで心配など…。』
立ち上がろうとして謙信がふらつく。咄嗟に支えながら兼続が言った。
『今日は朝から、城中の酒が無くなるぐらい呑まれているのだ。さすがに酔われたらしい。
後は俺に任せて、佐助は信玄さまの元へ向かえ。』
『ありがとうございます、兼続さん。謙信さま、信玄さまにご挨拶を終えたら、ひなさんにも会いに行こうと思います。
で、早めに春日山城にも顔を出してくれ、とお願いしてきます。』
ふらついていた謙信が、ピタリと動きを止めた。
『…そうか。ならば信玄に伝えておけ。近いうちに宴を開く。幸村共々、絶対参加するように、とな。』
『解りました。ちゃんと伝えます。』
佐助が頭を下げ静かに背を向ける。その背に謙信が声をかけた。
『道中、気を付けて行け。』
その言葉に、佐助がクルリと振り返った。
『…はい。遅くなるかもしれませんが、必ず戻ります。謙信さま、俺の居場所を残していてくれて、ありがとうございます。』
佐助の震える声に、広間に残る二人は気付かぬふりをするのだった。