第44章 一日千秋(いちじつせんしゅう)
蔵人は老婆心を溢れさせながら、籠の手配をし頼まれた品物を丁寧に風呂敷に包む。
(まあ、愛を育まれるのを間近で ゆっくり見られる楽しみが出来たと思えば…。)
『フフッ。』
聞きなれない蔵人の笑い声に、城にいた家臣達は驚いた。
… … …
四半刻もせず、蔵人が政宗の元に戻った。
『政宗さま、ひな姫さま、お待たせして申し訳ございません。』
蔵人が顔を上げると、政宗がひなに鼓を持たせ、稽古をつけているらしかった。
『思った通りというか何というか…色気の無い。』
ボソッと蔵人が呟いた。
『ん?なんか言ったか?』
「いいえ。」と真顔で政宗の前に風呂敷包みを差し出す。
『なんだ?まあいい、助かった。ほら、ひな。俺が作った羊羹だ。』
政宗は首を傾げつつ、ひなに風呂敷包みを持たせた。
『政宗が作った、羊羹…。』
ひなの目が輝き口元が緩む。
『ふっ!ああ、芋の季節になってきたから何か甘味でも作ろうかと思ってな。
あー、緑色の方は家康に渡してくれ。あいつの好きな山葵入りだ。ひなは食い意地張ってるからな。間違って食うなよ。』
『食い意地張ってるのは少なからず認めるけど、人の物まで食べません!』
(もう!私を何だと思ってるんだか。)
『蔵人さんまで笑いを堪えないでください。』
口を押さえて、そっぽを向いている蔵人の肩が僅かに震えているのを、ひなは見逃さなかった。
『も、申し訳…ございません。』
『蔵人が そんな風に笑うなんてな。珍しいこともあるもんだ。ひながいるところには、笑顔の花が咲くらしい。』
その時、えっほ えっほ、と籠が到着した。
『お、来たな。それじゃ気を付けて行けよ。』
『うん、ありがとう。じゃ、またね。』
ひなが乗ると、ゆっくりと動き出す。籠が見えなくなるのを二人は静かに見送った。
『…政宗さまは、本当に好いたお方を前にすると躊躇されますな。いつもの放胆さは 何処へやら…。』
『うるせぇ、帰るぞ。』
羽織の裾をはためかせ政宗が向きを変える。
『あまり呑気に構えておられると、かっさらわれますぞ。ひな姫さまの回りは群雄割拠(ぐんゆうかっきょ)ですから。』
『お前も言うようになったな。ったく。』