第44章 一日千秋(いちじつせんしゅう)
長い渡り廊下を過ぎ、天守閣に着く。秀吉が言うには、信長は書状の片付けをしているらしい。
ひなが、静かに障子の前で声をかける。
『信長さま?』
返事が無い。何処かへ出掛けたのかと思ったのも束の間。目の前の障子がバン!と激しい音をたてて開く。
『貴様…。』
(ひぇっ、こちらも滅茶苦茶 怒ってる!)
威嚇するような瞳で見下ろされ、ひなが 思わず半歩後退る。
『信長さま!気をお静めに…っ』
間に入ろうとする秀吉を左手で制し、信長はひなの腰を、ぐいっと引き寄せると、そのまま腕の中に閉じ込めた。
(えぇっ!)
その手が体温を確かめるように背中をなぞる。
(ひゃっ!)
甘い悪寒にひなが体を震わせた。
『貴様、俺の家族になりたいと言っておきながら、勝手に行方をくらますなど不届き至極な奴め。
罰を与えたい所だが…無事に五体満足で帰って来た事で許してやる。』
『は…い。ありがとうございます。』
ゆっくりと信長が拘束を解いた。
『他の者達にも、貴様の無事を知らせてやれ。皆、お前が居なくなって憔悴している。』
『憔悴は言い過ぎですよ。』
ひなが困ったように笑う。口の端をあげて、信長がチラリと横を見る。
『そうか?隣の輩も昨日とはうってかわって幸せそうな顔をしているがな。』
『の、信長さま、何を仰るんですか!』
『狼狽えるのが なによりの証拠だ。さあ、貴様は行くがいい。秀吉は書状の確認に付き合え。』
『はい!』
『はっ!』
『ふっ、貴様らの方が兄弟のようだな。妹の甘やかし方でも伝授してもらうとするか。』