第42章 危急存亡(ききゅうそんぼう)
『ひなさん、信長さまに お願いは出来た?』
『うん、なんとか。少し前に信長さまの妹さんが病気で亡くなられたらしくて。寂しい想いをしてたから、その代わりに妹として受け入れてやる、って。』
『そうか、良かった。』
普段、無表情な佐助の顔が、安堵の溜め息と共に緩む。
『今夜は ひとまずゆっくり休もう。あとは、なるようになれだ。』
『うん。』
『さあ、義元さんも。』
佐助が義元の手を引いて、其々の部屋へと歩きだす。
『ひな、今度 反物の買い付けに行こうと思っているんだけれど、付き合ってくれないかい?
君の感性にも惚れているんだよ、俺は。』
『そう言って貰えると嬉しいです。』
(感性にも…って言われたような。気のせいか。)
『君宛に文を書くよ。おやすみ。』
『おやすみなさい。』
ペコリとお辞儀をして二人を見送る。
(うん、確かに佐助くんの言う通り。今更ジタバタしたって始まらない。私も寝よっ!)
足早に客間へ向かい、寝支度を済ませる。そして文机に用意してあった紙をひとつ掴みクシャクシャと丸めた。更に、もう一枚で巻く。
『無駄な抵抗かもしれないけど…。』
手の中に、出来立ての小さな「てるてる坊主」を握りしめて呟く。
部屋を出て、そっと軒先に吊るした。
『明日 天気になぁ~れ。』
そんな ひなの声を掻き消すように、雨足は強くなるばかりだった。
*危急存亡~危険が迫って、現在のまま生き残れるかほろびるかの瀬戸際のこと。