第42章 危急存亡(ききゅうそんぼう)
『で、春日山に来て俺の妻になるのは いつだ?』
ぶーっ!
ひなが顔を背けて口に含んでいた酒を吹き出す。
『なんでそういう話になるんですか!…あ。』
そこには丁度、兼続の横顔があった。
『………。』
ゆっくりと こちらを向く兼続の髪の毛を伝って、顎先からポタポタと酒の滴が落ちる。
(や、やばい…。)
ひなは慌てて懐から手拭いを取り出し兼続の頭を拭いた。
『ごめんなさい!すみません!私が悪うございました!』
弁明しつつ、わしゃわしゃと手を動かす。
『構わん。』
『わざとじゃないんですっ。急に謙信さまが突拍子もないことを仰ったもので…。』
『気にするな。』
『あぁっ、濡らした手拭いじゃないと お酒の匂いが取れないかな。』
その手首を、兼続が ぎゅっと掴む。
『だから…!もういいと言ってるだろう。そんなに拭かれたら俺の顔が擦れて無くなる。』
『えぇっ!?すみません。』
(兼続さんの綺麗な顔が擦れて無くなったら、世の中の女性達が哀しむよっ!)
不安げに兼続の顔を まじまじと見る。
(うっ、視線がバッチリ合っちゃった。)
切れ長の目に凝視されひなが固まる。
『お前、冗談というものを知らないのか。多少 擦ったくらいで顔が消えたら怪異だろう。』
『…確かに。』
(兼続さんの口から冗談が出るなんて思わなかったんだよ!)
喉まで出かかった言葉を飲み下す。
『しかし…500年後の女子というのは、そんなに酒に強いのか?』
チラリと一升瓶に視線を投げ真面目な顔で兼続が尋ねる。
『え?いえいえ、人によると思います。私のおじいちゃんが東北の出身で、お酒に強かったんです。
もう亡くなりましたけど、生きてるときは良く晩酌に付き合ってたので、自然と。』
『なるほど。幼い頃から酒に触れていれば女子でも強くなるのか。実に興味深いな。』