第42章 危急存亡(ききゅうそんぼう)
義元と佐助の背中を見送って広間に入る。
謙信の手にも酒樽が提げられていた。
『重い方を持って頂いて、ありがとうございます。』
ひなが腰を折って礼を言うと、抱えた一升瓶がカチャカチャと音をたてる。
『かまわぬ。お前こそ2本も…重かったろう。』
(謙信さまって、すぐに刀を抜く怖い人ってイメージだったけど、女性には優しいのかも。)
『いいえ。本当は1本にしようと思ったんですけど、どっちも捨てがたくて。』
ひながラベルを見せる。
『なにっ…剣菱(けんびし)に…老松(おいまつ)!』
謙信が目を見開いた。
(謙信さまが興味を示すってことは、この時代でも有名な銘柄なのかな。)
『はい、甘口でコクがあるのも好きなんですけど、辛口でスッキリした後味も捨てがたいというか…。』
言い終わらないうちにガシッ!とひなの両の二の腕を謙信が掴む。
『わわっ、落ちる!』
『あぁ、すまん。兎に角、座れ。』
謙信が一升瓶を奪い取ると、ひなを正面に座らせた。
『俺が酒を飲むときに、つまみにしている物だ。食べろ。』
差し出す器には、大きな梅干しが山になって入っている。
(うわっ、お皿から溢れそう。そんなに梅干し好きなんだ。)
ひとつ摘まむとポイッ、と口に放り込む。
『す…っぱ!』
『たわけ者、一度に口にいれるやつがあるか。ほら。』
顔をしかめながら、謙信が近くにあった杯を差し出す。
ペコッと頭を下げながら受け取って飲み干した。
『あ、お酒に合うー!』
(酸っぱさが程よく調和されて美味しい!)
謙信が満足げに、うんうんと頷いている。
『お前とは、酒の好みが合いそうだ。』
ひなの手に持つ杯に、更に酒を注ごうとする謙信を食い止めて「どうぞ。」と先にそそぐ。
『うん、…こっちも旨いな。』
謙信が微笑む。