第40章 最寒松柏~足利義昭 京都編
『おっと、おかしな気は起こされませんように。』
素早く懐から銃を取り出すと、光秀がひなの頭に突き付けた。
ひながゴクリと喉を鳴らす。
『さっさと判を押さぬか!』
いっときの間が空き痺れを切らした家臣がひなの首根っこを掴み、引き摺り倒した。
『きゃっ…』
ひなが床几から転がり落ちる。その顔に影が落ちた。
『信長よ、この期に及んで往生際が悪いぞ?己で出来ぬのなら、私がその指 切り刻んでやろう。』
義昭は小刀を拾い、ひなの右手を乱暴に掴んだ。
『いやっ、やめて!』
振りほどこうとするものの、想像以上の力で掴まれていて逃げられない。
不気味な笑いを浮かべながら、義昭が小刀でひなの親指を突き刺した。
『痛っ!』
ポタッ ポタッ…
畳の上に赤い玉が落ちては吸い込まれる。
『うひひひっ…この程度で痛がるとは、所詮は信長も ただの女子よのう!…へ?』
義昭が、掴んでいる右手を まじまじと見つめる。
掌はゴツゴツとしていて、そこから伸びる二の腕も逞しい。
血の滲む指が折り曲げられたかと思うと、その拳が義昭の左頬を強打した。
『ぐはっ!』
その勢いで義昭が横に吹き飛ぶ。殴られた左頬をさすり大声で怒鳴り散らした。
『な、なにをするっ!』
『それはこちらの台詞(せりふ)だ。』
地響きのような低い声…。悠然と立ち上がるのは、本家・信長、基の人だった。
『誰だ、貴様!…いや、信長…?それならば、さっきの女子は…。
ええい、そんなことはどうでもよい。明智殿、何をぼさっとしている!さっさと撃ち取らぬか!』
本家・信長を指差し義昭が叫ぶ。
『仰せのままに。』
カチャリと光秀が銃の撃鉄を起こした。