第39章 再寒松柏~帰蝶 商館編
『忘れてませんよ。』
『!!』
驚き顔をしかめる元就を見て、くすくすとひなが笑った。
『きっと、「こいつ俺がやったこと忘れたのか?」なんて考えてるんだろうなーと思って。
大砲で安土城に穴を開けたことや城下に火を放ったこと、他にも…全部 忘れてません。
和睦したら、しっかりと償ってもらうつもりです。
それから、ここ堺には家臣の方々が少ない気がします。もしかして何処かの戦に駆り出されているのでは?
和睦して貰えたら、その戦 織田軍も加勢します。あ、人殺しはしませんよ。
織田軍も仲間になったと知ったら、多少なりとも相手に脅威を与えることは出来ますよね?
私、こう見えて以外と有名人なので。』
えっへん、と言わんばかりにひなが胸を張る。
呆気にとられていた元就が、ふーっと息を吐く。数拍置いて、意を決たように口を開いた。
『…解った。 俺はどうにも お前に弱いらしい。実を言うと俺の命の恩人に よく似ててな。
お前が築く日ノ本を、一緒に見たくなった。』
重ねられたひなの手を、もう片方の手で握ると軽く持ち上げ、手の甲に口付けを落とした。
『わっ!!』
落ち着いていたひなの頬が、また赤く染まる。
『さて…そうと決まれば、この屋敷を取り囲んでる連中に早急に伝えねぇとな。八つ裂きにされちまう。』
ひなは、手の甲に元就の吐息を感じながら、なんとか平静を保つ。
『え、取り囲んでる連中?』
キョロキョロとひなが首を降る。
『あんたは大層、大事にされてるんだな。そんな奴らとなら…安心して和睦出来そうだ。』
『大事にって…織田軍ですか?』
『ああ、多分な。』
元就が静かに窓に近付く。
商館の二階から見下ろすと、庭に幾つか動く影が見えた。
『俺が出るより、直接お前が説明した方がいいかもな。
…俺が顔出した途端、刀が飛んできそうだぜ。』
口をへの時に曲げた元就の顔に、ひなは微笑んで頷いた。