第7章 うごめく影
~~~ 同じ頃、石山本願寺にて~~~
薄暗い本堂で、一心に経を唱える僧の姿があった。
『正信念仏偈(しょうしんねんぶつげ)…一切群生蒙光照(いっさいぐんじょうむこうしょう)…』
蝋燭の光に照らされたその顔には、額から左の頬にかけ痛々しい程の刀傷が残っている。
『顕如さま、ただいま戻りました。』
『蘭丸か。入れ。』
音もなく扉を開けて、蘭丸が本堂へ足を踏み入れる。
『…申し訳ありません、顕如さま。信長の暗殺に失敗しました。』
俯きながら告げる。
『気にするな、まだいくらでも手はある。信長には疑われていまいな?』
『はい、多分。ただ…。』
顕如が静かに振り返り蘭丸を見つめる。
『ただ、本能寺の変あとから、信長は何か様子がおかしいようです。
重臣である秀吉の名前を忘れていたり、普段話さないような口調で話したり。
大火の影響で意識が混濁しているようだと…。』
そう告げたところで、暗闇から鼻で笑う声がする。
影のなかから、くっきりとした目鼻立ちの男が近付いてきた。
『はっ!地獄の業火に焼かれても喜んでいそうな信長が!たかがあの程度の火事で おかしくなるだと?
…笑わせる。なにか裏があるに違いない。』
蘭丸は目を細め男を睨む。
『元就の言うことも一理ある。蘭丸、引き続き織田の身辺を探ってくれ。』
納得が行かない顔で、蘭丸が『はっ。』と短く返事をする。
そしてまた音もなく夜闇に消えた。