第39章 再寒松柏~帰蝶 商館編
仮眠を取り、子の刻に宿を経つ。
商館の近くで武田軍と合流し、表門と裏門の二手に別れて近付く。
商館はひっそりと静まり返っていて、誰の気配もしない。
『本当に中にいるのか、佐助。』
幸村が胡散臭そうに佐助を見る。
『うん。相手は あの謀略王こと毛利元就と、信長さま達を裏切った明智光秀だからね。
上手くカモフラージュするのなんて、お手の物だよ。』
『かも…鴨がフラフラしてどうしたって?』
『ごめん、今は幸村の天然ボケに付き合う余裕がない。』
佐助が、いつもの真顔で答える。
『俺は天然でもないし、ボケてもいない!で、お前なんで俺らといるんだ?謙信と一緒じゃなくていいのかよ?
…ってか怒ってんのか?顔 恐いぞ、おまえ。』
『謙信さまから、「信玄さまの元で少し頭を冷やせ」と言われた。』
佐助がニイッと口の端だけを上げる。
『あー、余計恐いから そのままでいいわ。』
佐助が小声で「ごめん。」と謝る。
『珍しいな、佐助が怒るのなんて。』
『ああ。俺の一番の推し武将は家康さんだけど、 信長さまも同票くらいだから。
あぁ、幸村ももちろんトップテンに入ってる。』
『…悪い。なんのことだか良く解んねえ。
けど俺も…今のフニャフニャした信長がさらわれて、痛い目に合ってるかもしれないと思うと…。
なんていうか、その…向かっ腹が立つんだよな。』
髪をくしゃくしゃと掻きむしって、幸村は首を傾げた。
若い二人の むず痒いやり取りに耳を傾けていた信玄も、同じように感じていた。
憎んで憎んで…隙あらば寝首をかいてやりたいと思っていた信長の事を心配している自分がいる。
よもや死なないで欲しいとさえ…。
何かが おかしい。この違和感はなんだ。
俯き考えこむ信玄の意識を引き戻したのは、幸村だった。
『信玄さま!謙信さまの家臣からですが、表の部屋に人影が見えるそうです。』
小声で信玄に伝える。