第37章 百花繚乱(ひゃっかりょうらん)
息せき切って秀吉が駆け寄って来る。
『の、信長さま!申し訳…ありません!』
肩で息をしながら近付き同じように しゃがみこむと、ひなの両肩を やんわりと掴む。
『秀吉…さん??』
頭の先から足の先までグルッと見回しホッと息をついてひなを抱きしめた。
『わっ!』
『信長さま…いや、今だけは ひなと呼ばせてくれ。お前は何度も何度も…危ない目に合う奴だな!
自分から そういう場所に飛び込んで行ってるんじゃ無いのか?
素直なのもいいが、もう少し警戒心を持ってくれ。』
きつい言葉を吐きながら、ひなを抱きしめる腕は震えている。
『気付いて…いたんです。秀吉さんじゃ無いって。』
『なにっ!?』
抱き締めていた腕を緩めて、秀吉がひなの顔を見た。
船で湖を渡ろうと言われた時から、なんとなく違和感はあった。
その違和感の正体を確かめようと、帰蝶と二人だけで小舟に乗ったのは軽率だったかもしれない。
『あちらの罠にはまったふりをして、あわよくば捕まえられるかも?なんて考えたんです。
調子に乗って ごめんなさい!あと、金平糖、気付いてくれたんですね。』
何故か秀吉の髪の毛に くっついていた桃色の金平糖を、指で詰まんで取る。
『秀吉さん、着物、濡れちゃいますよ。あっ!幸村も びしょ濡れだね。』
そう言われて、秀吉は はたと我に返り顔を赤くした。
『おー。俺は大丈夫だけど、お前は弱そうだからな。さっさと着替えた方がいいんじゃねぇの?』
『確かに。女子に冷えは大敵です。その辺りの民家で着替えさせて貰えるよう頼んで参ります。
少々お待ちを。…真田幸村、すまないが今暫く信長さまを任せてもいいか?』
『もちろんだ。ここに居るよ。』
『すまない。それと…主君を守ってくれたこと、心から礼を言う。ありがとう。』
深く頭を下げて、秀吉は民家へと向かった。
『豊臣秀吉…。人たらしって言われるだけあるぜ。』
感心している幸村に、ひなが素朴な疑問を投げ掛ける。
『どういうこと?』
『いくら主君を助けたからって、元は敵だった俺に頭 下げるなんて、そうそう出来ることじゃない。
男でも惚れる潔さってことだ。』
(なるほど…。これはもう秀吉さんの天性の才能だな。)