第37章 百花繚乱(ひゃっかりょうらん)
『ちっ。なにチンチラやってやがる、信長を仕留める絶好の機会だったってのによ。』
出店の陰から一部始終を見ていた元就が悪態をつく。
『縁側で茶 飲んでるジジイとババアじゃあるまいし。
後は…あいつにまかせるか。』
走り去るひなを横目に、元就は何処かへ消えた。
ひなは、先ほど秀吉に「待っている」と言った場所に帰る。
丁度 秀吉も戻って来た所だった。
『信長殿、どこかへ行かれていたのですか?』
(えっ、見られてたのかな。でも…。)
『うん、向こうの出店を覗いてただけ。』
(ごめん、秀吉さん。嘘ついちゃうけど、やっぱり顕如さんに会ったことは言わない方がいいよね。)
『そうですか。ところで信長殿、観覧場所は湖の対岸に設けております。
かなり大きな打ち上げ花火もあるとのこと。火薬のそばで、もし銃撃戦になった際に危険ですから。』
『そうですよね。少なくとも元就軍は間違いなく銃を持ってますよね。』
以前、信玄と謙信を止めに行った日の事を思い出す。
あの時も激しい銃撃戦が行われていた。
…といっても、ひなは途中から謙信の腕の中で眠ってしまい、あまり覚えていないようだが…。
『そう広くない湖ですし、対岸までは小舟で渡った方が早いでしょう。』
秀吉に案内されて水際まで進むと、3~4人乗れる程度の小舟が用意してあった。
『…私達二人だけで行くんですか?』
『あぁっ!信長殿はお嫌でしたか!?それなら すぐに家臣を…。』
あたふたする秀吉に、ひなは くすりと笑い首を降った。
『いいえ、大丈夫です。行きましょう。』
『はっ。』
先に小舟に乗り込む秀吉に見えないように、ひなは袂(たもと)に忍ばせておいた金平糖をばら蒔いた。
『さ、どうぞ。』
『ありがとう。』
差し出された手を取って、揺れる小舟に乗り込み向かいに座る。
秀吉が ゆっくりと櫂(かい)を動かすと、小舟は、まるで人目を忍ぶかのように静かに動き出した。
その後も水の上を滑るように進んでゆく。
湖の真ん中辺りに来た頃にひなが尋ねた。
『ところで、あなたは どなたですか?』