第37章 百花繚乱(ひゃっかりょうらん)
顕如の眼が寂しげに揺れていた。
『今からでは遅いでしょうか?』
『遅い?何がだ。』
『和睦することです。10年間、きっと信長さまは酷いこともたくさんやってきたんだと思います。
だけど、日ノ本を統一して、いつか争いのない世の中に…。』
『待て待て。先に伝えていいか?』
『へ?』
熱く語るひなの言葉を遮ると、言い辛そうに顕如が告げた。
『ひとまず隣に座って貰えないか。さすがに私も…こうくっつかれていると落ちつかん。』
そう言われて、ひなは、未だに顕如の肩に手を掛け、背中に密着していることに気がついた。
(あぁっ!もう…。)
せっかく落ち着いたのに再び紅くなる頬を隠しながら、慌てて謝った。
『度々すみません!』
そっと体を離すと、顕如の隣に ちょこんと腰掛ける。
『いや。それから…何故 自分のことなのに「信長さま」と言う?』
(えっ、しまった。癖でつい。)
『えぇ~?そんなこと言いましたっけー?』
あからさまに誤魔化すひなを横目で見ながら、顕如はまた笑いを堪えているようだ。
『なにか理由があるらしいな。今日のところは聞かないでおこう。
別人なのか、別人格なのかは知らんが、な。』
はっきりとは否定されないが、顕如は間違いなく気付いているのだろう。
ひなが本当の信長では無いことに。
『さぁ、私の気が変わらんうちに行け。』
顕如が顔を背ける。
(…っ!)
顕如が、衝突を避けて自分を逃がそうとしていることに気付き、その苦渋の決断に胸が痛む。
『ありがとう…ございます。』
(ごめんなさい!今は、ありがたくその気持ち受け取ります。)
ひなが長椅子から そっと立ち上がり歩み出す。
数歩 歩いて立ち止まり、くるりと顕如の方を振り返った。
『今度会うのは和睦する時ですからね!』
にっこり笑うと、また小走りに駆け出した。
『…。』
小さくなる輪郭を、眩しい物を見るような目で見つめる顕如だった。