第36章 狂乱怒涛(きょうらんどとう)
『さて…お主も先程から押し黙って思考の詠めぬ男よのう。』
義昭が溜め息混じりに言う。
『申し訳ございません。この顔は生まれつきなもので。』
フッ、と口の端をあげて微笑みながら男が答える。
『にしても、その話 本当か?明智殿。』
『はい。信長は、元就・顕如軍との戦いの前に、士気を上げるという名目で花火大会を催すとのことでございます。』
光秀は、先刻 信長から聞いた話を義昭にも伝えた。
『戦の前に花火大会とは。相も変わらずの大うつけぶりには参ったわ。…それで?』
技量を量るように義昭が問う。
『花火打ち上げの際、人混みに乗じて刺客を紛れ込ませ信長を亡き者に。』
『そんなに上手くいくものかのう?』
『そこは信長に近しい私にお任せ下さい。決して義昭様に泥の被らぬよう配慮致しましょう。』
光秀が不適な笑みを浮かべる。
『そなたのことは頼りにしておるぞ。良い働きをすれば、私の側に置いてもよい。』
『仰せのままに。では失礼。』
軽く会釈をすると、光秀は広間を後にする。
廊下の角を曲がった先に帰蝶が腕組みをして立っていた。
光秀は、わざと恭(うやうや)しく頭を垂れて通り過ぎる。
すれ違いざま帰蝶が言った。
『貴様が、義昭様の側につくとはな。』
ジロリと冷ややかな視線を送る。
光秀も帰蝶を横目で見やりながら、
『俺には、お前がここにいることの方が不可解だがな。』
と返した。
そのまま光秀は歩き去る。
振り返り、その背中を見送りながら、帰蝶は呟く。
『…おれは戦乱の世で…生にしがみつきながら、生きているという実感が欲しいだけだ。』