第1章 1.
隠す口元の手を除け、口元は笑う。
素肌の右手が私の後頭部に回され、獣のように唇が奪われてしまった。
『…っんん、』
舌が私の口内に入り込んで、私の口内を把握されていく。
舌が舌で撫で上げられ、絡められて息が上手に出来ない。
「──これで、信じて貰えるか?」
『っはぁ、う…うん……、』
「はは…、真っ赤だな。口付け程度でその様子じゃ先が思いやられる」
優しい表情で笑って、ジャケットから何かを取り出して机に置くネハン。
かさかさ、と動きを加える度に乾燥した何かを察した。
「君の故郷のバラの種だ。クリスタルローズ…、白い花弁で濡れると透明になり、君の故郷は雪の降る島…、凍ると結晶のようになる。とても美しい薔薇であるが、濃縮させると幻覚作用がある。それをマガザンは狙ってしまった……」
『どうして、これ…、』
「マガザンから出る際に少々。これは持ち主に返すべきだろう?」
紙に包まれた物。紙を広げると種子がいくつも入っている。
故郷で見たものだ。商人である父は、これも売っていた。
『ありがとう。きっと…上手に咲かせて、たくさん増やして…故郷に持っていくね』
ネハンはどこまでも私を救ってくれる。嬉しかった。
「今夜宿を取っていてな…、今日は宿に泊まるのを止めて、君の家のソファーでも借りよう」
『ネハン…』
「とは、もっと話したかった…、例えば昔話、とか。朝まで話してみないか?」
コツコツ、と足音を鳴らして玄関で一度振り返るネハンは儚げに笑う。
『いっぱい話そう、私も家族との思い出を話すよ。私もネハンの家族について聞きたいの』
「…ああ、そうだな。
開店準備が出来たら、今度一緒にデートにでも行こうか」
頷く私を見て、ネハンは外へ。ドアが閉められて半分残ったコーヒーと残り香。
そしてしばらくして、また私から幸せを奪いにやって来る、あの絶望の音が街に響くんだ。
"パァァ……ン"