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The Tempest【憂モリ】

第1章 硝子越しの哀憐


その言葉になぜかルイスはどうしようもない苛立ちを覚える。

――これも仕事、か。
おつかいに行って、家でパイを焼いて待つのが仕事、か。
そんな、小さな子どもにでも出来るようなことをするために僕はあの家にいるわけじゃない。
ここのところそんな事ばかり考えてしまう。

昔は違った、兄の計略を実行するのはいつだってルイスであった。二人はまさに一心同体。
だが今はどうか。ウィリアムの傍にはアルバートをはじめ、モランやフレッドが彼の強力な手と足となり、もはやルイスは必要とされなくなってしまった。

――フレッドはいい、彼は兄たちに重宝がられている。彼なしに仕事はできないくらいだ。
アルバートやモランやフレッドたちがウィリアムと一旦部屋に引きこもってしまうと、ルイスは居場所がないように感じる。
兄たちの議論に混ざれず、ひとりキッチンで食器を磨く自分が情けなくて惨めでならない。
馬鹿げているけど、頼まれてもいないパイを焼くのもそのフラストレーションだ。
互いにとって唯一無二だと思っていた兄は、今やどこか遠くへ行ってしまったような気さえするのだ。


役割がない訳じゃない、必要とされなくなった訳でもない。それは分かってる。
ただ……誰にだって、自尊心を保つためにある程度の自己犠牲は必要なのだ。





気がつくともう夕暮れ時、季節は冬のせいで太陽はみるみるうちに沈みゆき、街はあっという間に紺青色の中に呑まれていく。
海底にゆっくり、ゆっくり沈んでいく船みたいに、夜が来る。
場末の酒場には明かりが灯り、人と馬が家路を急ぎ、娼婦たちは起き出してきて仕事をはじめる。
どこか饐えた匂いのする、寂れた街。そんな光景を辻馬車の車窓から、ルイスは退屈そうにあるいは腹立たしげに眺めていた。

――馬車が通りすぎる一瞬、ふと一人の女が目についた。


この季節で、この寒さだというのに、肩の露出したドレスに薄いショールだけ羽織って、緩いウェーブを打つ髪を無造作に束ねている。

ありふれた、どこにでもいる娼婦。貧民街に行けばそんな女性は星の数ほどいる。彼女らは固いパンのために身をやつして生きていくしかない。
ただその娼婦だけは、まるで彼女の周りだけ世界の輪郭が切り取られてるみたいにルイスの注意を引きつけた。

彼女の方もなにを感じたのか、ふと目を上げて馬車を見る。
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