第20章 しんあい *
ティッシュに唾液を吐き出して、それをゴミ箱に捨てる。そんなことを繰り返すことくらいしか出来ない。
家事だって本当は頑張ってやらなきゃなのに…
杏寿郎には「何もしなくていいから」と言われたけど、仕事を頑張ってる杏寿郎に申し訳なくて何かひとつだけ、と無理矢理ダルい身体を起こす。
「っ…!!」
起き上がってみようとしたけど、結局猛烈な吐き気と倦怠感に襲われて立ち上がることすら出来なかった。
こんなに悪阻が辛いなんて思ってもなかった。何も出来なくて、自然と涙が溢れそうになる。
「泣いちゃ…ダメ…っ、この子達が頑張ってる…ママ、頑張るからね?…一緒に頑張ろう…」
まだ平たいお腹を擦り、自分に言い聞かせるように言葉を掛ける。
それでも辛くて、涙は頬を伝ってしまう。
「うぅ…杏寿郎…」
側にあった杏寿郎が使ってる枕に顔を埋める。大好きな匂い……
「う、っ!?」
大好きなはずなのに……どうして?
杏寿郎の匂いを嗅いだ瞬間。その匂いが不快なものに感じて胃から何かが上がってくる感覚が再び襲う。
「っ、…どう、してっ?…杏寿郎の匂いも…嫌いになっちゃったの…私…」
それを知った瞬間、悲しくて辛くて涙が止めることが出来なかった。
泣き疲れたのか、いつの間にか眠っていた。
ぼんやりとした意識のなか、額に冷たい感覚があって目を覚ました。
「ん…杏、寿郎?」
「ただいま、陽奈子。」
杏寿郎の手が額に当てられてて、外が寒かったからかその手が冷たくて気持ちいい。
その感覚に目を細めていると唇に冷たい柔らかいものが当てられた。
杏寿郎にキスをされている。
嬉しい、大好きな彼が側にいてくれる。
そう思うのとは裏腹に、大好きだったはずの杏寿郎の香りにまた吐き気が込み上げた。
「っ、!!」
咄嗟に口を覆って、トイレに駆け込んだ。
「うぅっ、…っ、はぁ…はぁ」
「大丈夫か陽奈子!?すまない…」
背中を擦りながら申し訳なさそうに謝る杏寿郎にひどく罪悪感に苛まれる。
戻しはしなかったものの、未だに込み上げる吐き気にどうしようもなく悲しくて涙が溢れる。