第8章 気持ち
「陽奈子から触れてくるなんて…誘われているとしか、思えんっ!!」
「ぅわっ!ちょ、待って待って!!」
勢いよくソファに押し倒されると、私は慌てて杏寿郎の顔面を手で押さえる。
お預けを食らった杏寿郎は「むっ!?なんだ!?」と私の両腕を顔から外し、ソファに押し付け顔を覗き込む。
「そ、その……今日はやめない…?…煽るようなことしちゃってごめんね……ちょっと今日は疲れちゃったみたいで…」
「むぅ…そ、そうか。すまない気を使ってやれなくて…」
どうしてもあの娘とのやり取りでそんな気になれない…本音は言えないから"疲れた"と嘘をつく。
嘘をついてしまったことで自分の心がズキリと音をたてた気がした。
断ればしゅんとして、狼と化した杏寿郎の獣風の耳は垂れ下がったように見えた。錯覚だけど…
こんな姿を見せてくれるのは、私にだけであってほしい。いや、そうじゃなきゃ嫌だ、絶対に他の人に見せないで……
そう思えば独占欲が私を支配する。
止めたはずなのに自分から少し荒めにキスをしていた。
「んっ…!?」
「…ん。……ごめん。なんかしたくなっちゃって…」
唇が離れると、行為を断っておきながらまた煽るようなことをしてしまったと詫びる。
「いや…俺はすごく嬉しいぞ!普段はあまり陽奈子から触れて来ないだろう?だから…素直に嬉しい。」
そう言って先ほどのギラギラと熱をおびた瞳ではなく、いつもの優しい眼差しで私の頭を撫でてくれる。
"素直に嬉しい"と言われれば、なんだか恥ずかしい…
「な、なんか…改めて言われると恥ずかしい、です…」
「本当に君は恥ずかしがってばかりだな。そこがいいのだが、な…」
気がつけばまた優しいキスが落とされた。
"今日はこれで我慢するから"と言うように…