第33章 ※柱稽古
その日、は鏡台の抽斗に仕舞っている指輪を握り、天元と肌を重ねたことが杏寿郎に申し訳なくて少し泣いた。いつか天国で会えると思っていたが、きっともう会ってくれないだろうなと。
天元と一緒に住んでいれば断る理由もないので、もちろんそうなることは分かっていたが、杏寿郎がいなくなってまだたった半年。
自分の切り替えの早さに嫌気が差したのと同時に、杏寿郎は私が槇寿郎さんのようになってしまうのが怖くて天元の事を根回ししておいてくれたんだろうけど、ちょっと残酷だったなと思った。
そして何より、1番難しいのが、天元は優しくて寂しがりで恐ろしく察する男なので、杏寿郎の事を考えていた素振りを一切出せない所だった。
天元が私の心にある杏寿郎に気を使って、身体に触れるのを待ってくれているのは知っていた。
今日の天元の「ありがとう」は、きっと私が一瞬 杏寿郎の腕の中を思い出して顔が上げられなくなった事に気付いてしまったからだ。うまく誤魔化せていただろうか。傷つけていないと良いが。
優しい天元を傷付けるのは嫌なので、天元の前では努めて天元の事だけを考えられるようにしないといけない。彼は彼で葛藤もあるだろう。
確かに、天元がそばにいてくれることで杏寿郎がいなくてつらいという気持ちに支配されずに済んだ。自分の世界に少しずつ彩りが戻って来たのも事実。天元の事も少しずつ好きになっていっている。あれやこれやと気を回して笑わせてくれ、自分をずっと愛してくれるのは勿論有難いことだと分かってはいる。
でも、やはり、ふとした時にあの太陽のような笑顔が重なって見えて胸がチクっとしてしまう。見たいけどもう見れないあの笑顔。
(・・はい、今日はこれでもう考えるのやめ。沈んでいきそう。)
は、指輪をもう一度ぎゅっと握ると抽斗へ仕舞い、鏡に向かってにっこりと笑って天元の所へ戻った。