第29章 憲兵団での仕事
エルヴィンは、あの日を境に、
エマに少しでも触れることはなくなった。
あの大きく温かい手で頭を撫でてくれることも、
肩を支えてくれることも、
背中を押してくれることも
もう、これから先ないのかもしれない。
その事実はエマの心を痛める。
そして、そんな身勝手なことを考える
自分の心に腹を立たせた。
憲兵団の基地に着くと
エルヴィンは団長の部屋へ、
エマは厨房に向かい、
早速料理にとりかかる。
「エマ、久しぶりにあのスープ作ってよ。
未だにあのスープが飲みたいって、
団員がうるさいんだから。」
憲兵団の料理長、サラのその言葉に、
エマは頬を緩める。
「ここに居た時は、
そんなこと言ってくれなかったのになぁ。
いなくなってから、私の大事さに気付いたか。」
エマが冗談めかしてそう言うと、
「あはは、そうだね。
まぁそんなもんでしょ。」
サラは笑いながら野菜を切り始める。
「あれ?サラ、指輪なんてしてたっけ?」
エマはサラが野菜を持つ手に目を遣る。
「あぁ、これ?私、結婚するんだよ。」
サラは平然とそう言いながら、
エマに指輪を見せた。
「まぁ、私もそろそろいい年でしょ?
子ども産むのだって早い方がいいし。
相手に関しては、少し妥協したけどね。」
そんなことを言いつつも、
とても嬉しそうな表情のサラに、
「おめでとう。なんか、羨ましいよ。」
と、エマは声をかける。
「エマだって、一人の調査兵との
約束の為に調査兵団の料理長になったんでしょ?
何か進展、あったんだよね?」
サラはニヤニヤとエマに笑いかけた。
「あったことにはあったけど……」
エマは少し俯くと、頭を掻いた。
「何、その反応。
詳しいことは昼休みに聞くから!
さっさと昼食の下準備、済ませちゃおう!」
サラはエマの肩を軽くたたき、笑って見せた。