第1章 酔いに任せて(前編)
聞いても答えてはくれなかった。テレビの笑い声だけが響く中、温いビールを啜ることしか出来ない。七海さんの表情を盗み見しても何を考えているか分からない。そう言えば、まだ2回目のキスはしていない。
2人っきり、しかも大晦日で。そろそろ帰らないと電車が無くなる…いや、大晦日だから24時間走っているのだけど。帰りたくないなぁ。
″勇気が出ない時はさ、酔いに任せるのも手だよ″
先生の言葉が酔った頭に反芻する。ビールを飲み干した所で
「そろそろ帰りなさい。送るから」
言われたくない言葉を言われてしまった。少しだけ狼になる七海さんも見たかったな。立ち上がった所で思いのほか酔っていたらしく、ふらつく私は七海さんに抱きついた。これは事故だ。でも勢いに任せてしまったのはお酒のせいか先生の煽りのせいか。
「嫌です」
抱きしめる手から動揺が僅かに伝わった。
「帰れなんて言わないで。私は七海さんと過ごしたい。いつも忙しくて会えなかったのに。今日くらい一緒に過ごしたい。ダメですか?」
恐る恐る目を見つめると、色素の薄い瞳が揺れていた。我儘を言っては嫌われるだろうか。私が腕に力を込めると、彼も抱き締め返してくれた。
「1級呪術師と2級呪術師…互いに生き残れて良かった」
2度目のキスはビールの味がした。休ませる為に私を横にしようとしても私の腕は七海さんの首に絡みついて離れようとしない。
「一緒にテレビ見ますぅ」
甘える私の頭を撫でながら彼は膝の上に私を乗せた。
「仕方がない子ですね」
彼の首筋から漂う色気にあてられて、唇を首筋に這わせた。
「…こら…そういう事はするもんじゃない」
「なんれですかぁ?」
「何でって…」
絶句する彼を揶揄うように、厚い胸板を手で撫でた。そこから先は覚えていない。ただ声が聞こえただけ。
─まったく…人の気も知らないで。益々君を1級呪術師には推薦したくなくなる。任務などしないでずっと傍に…─
目覚めたのは23時50分。かろうじて年越ししていなかった。
(後編に続く)