第1章 酔いに任せて(前編)
──2020年 12月31日 22時──
「お疲れ様でした、乾杯」
既に大掃除を終えたであろうに、誰かのせいで散らかった七海さんの部屋。ささやかに2人でビールの注がれたグラスをくっつける。彼の喉仏が上下に勢いよく動くのを見届けてから、軽くビールを啜った。
"おじゃま虫は消えるから、後は2人でね?ほらほら、姫はじめ…もあるデショ?気を利かせてあげるよ"
五条先生はこういって、気まずい空気を残して去っていったのだ。
″ねぇ、七海の家に行って忘年会しようぜ!″
そう誘われて無理やり連れてこられたらこのザマだ。五条先生はこの状況を面白がっている。付き合いたての私達が未だにキスを1回しかしていないのを何故か知っている。七海さんが言うわけないし誰にも話してないし。五条先生はほんとうに計り知れない。
「無理しなくていい」
自分の手より遥かに大きな手にグラスを抑えられた。
「無理なんてしてませんよぉ」
唇を尖らせてみるけれど実はお酒は好きでも弱い事、その場のノリを壊さないように無理して飲んでしまうことを彼はお見通しだ。さっきも五条先生に
″ほらほらもっと飲んで!潰れてもダイジョーブ!七海が男らしく介抱してくれるよォ″
と先生から言われたら飲まざるをえなかった。何気に″男らしく介抱″の所を強調されてたのが気になる。その度に七海さんは頭を抱えていた。そして
「無理して飲むな。五条さんもやめてください」
と私を庇うのだ。やっぱり七海さんは優しい。そこらの男みたいに酔い潰して…なんて卑怯な真似はしない紳士。ただ、少しだけ最近それが物足りなくなってきたのも事実。
″勇気が出ない時はさ、酔いに任せるのも手だよ″
帰り際にこう五条先生に囁かれたらビールにも手が伸びる。小さめのコタツの中では七海さんの長い足に触れそうで、お互いに触れないようにしている。それがなんか凄く嫌だ。
「2級だよな」
グラスはもう空だ。すかさずお酌をする。
「はい。はやく1級になりたいです」
1級になるには1級呪術師2名からの推薦が必要。その2名のうちの1名は七海さんだったら…。まだ実力不足なのは分かっているが夢を見てしまう。
「ならなくていい」
意外な返答に思わずビールをこぼしかけた。
「…何でですか?」