第1章 第一章 消えた天才作詞家
かつて夜の世界で夜蝶として名を馳せた身としては、キャバ嬢の嗜みは体に叩きこまれていた。
故に――。
「勿論です」
「だったら問題ないな」
こうして私はやり込められてしまった。
無念であるが、プロ根性が憎らしい。
「いやぁ、それにしても…本当にホステスさんだね」
「あら、かつて弱い18歳にして最年少でナンバーワンホステスに上り詰めて、私が働いていた店ではスターだったんだから」
「ちょっ…ママ!」
「本当に懐かしいわ。あの時は詩音ちゃんと蓮ちゃんのツートップだったんだから」
「蓮ちゃん?」
「緑ママ、そんな大昔の事を…」
「あら、十年なんてそこまで昔じゃないわ」
私にとって大昔の話だわ。
緑ママには拾ってもらった恩もあるし、当時は食べて行くためにキャバ嬢として働いていた。
「あの時本当に思ったのよね…音楽を愛するのは誰でもできるけど、音楽に愛されるのは一握り。その一握りに入る子だって…そして何より音楽を誰よりも愛しているんだって」
「緑ママ…」
「詩音ちゃんは特に楽器と演奏を使って曲を生きているようにする魔法使いだって思ったわ」
そんな風に思ってくれていたんだ。
知らなかった。
「だから、お店を辞めて音楽をするっていぅた時はショックだったけど、嬉しかったのよ」
緑ママはあの時から私を本当の娘の様に思ってくれていた。
血は繋がらなくてもずっと…
「でも、風の噂で貴女が失踪したって聞いた時は驚いたのよ?」
「すいません…ご心配を」
情報通の緑ママは噂ぐらいは知っていたのかもしれない。
「でも、芸能界は色々大変で窮屈だったのかもしれないわね。それに貴女はなまじ才能があるし…」
「買い被りですよママ。私には才能なんてなかったんですから…だから断念して今ここにいる」
私は天才じゃない。
緑ママが言う様に音楽に愛された人っていうのは千のような人や蓮みたいな人を言うのかもしれない。