第43章 それはとんでもないトロイメライ【呪術廻戦0】
星良たちと会ってから一ヶ月……この日、夏油は年若い娘とその母親の相談を受けていた。
「えーっと……お宅の娘さんが霊に取り憑かれていると……そういうわねだね、サトウさん?」
「あ、はい。いや 私、斉藤です」
「アナタはサトウさんです。私が言っているんだから、サトウの方がいい」
いちいち訂正してくるな。
猿の名前なんて、覚える気もなければ、改める気もないのだから。
穏やかで人当たりのいいフリをしていると、不信感を抱いたのか、娘が「お母さん、帰ろうよ」と言い出した。
「でも……アンタ、最近 まともに眠れてないでしょ?」
「だからって、こんなうさんくさい……」
うさんくさい、ね。これだから、低脳な猿は……。
「刺すような視線を常に感じている」
そう指摘すると、娘は「え」と目を丸くする。
「肩が重く、息苦しくなるときがありますね? 呼吸の仕方を忘れたように。そして、よく犯される夢を見る」
「なんで そのことを……」
彼女たちには見えない。けれど、夏油にはしっかり見えていた。
彼女の背中から胸に手を這わせ、首を掴み、下腹部に触れる、何十個もの下卑た目を持つ呪霊が。
「動かないで」
そう言って、夏油は彼女に手を伸ばした。
等級は低い。降伏は不要だな。
呪霊がドロッと溶けて夏油の方へ引き寄せられ、黒い球体へと変わる。
「えっ⁉︎ うそ……⁉︎ すごい、身体が楽になってく……!」
相談を終え、夏油は二人を見送りに外へ出て来ていた。
「本当に、なんとお礼を申し上げていいのやら」
「いえいえ。困ったときはお互いさまです。またいつでも頼ってください」
心にもないことを言いながら、夏油は笑みを見せる。
「ね、言ったでしょ? 仏様のような人だって」
「うん……」
照れたように顔を赤くする娘を連れて、母娘は去っていった。