第40章 正しさに混ざるノイズ【玉折】
「今はとにかく休め、七海。任務は悟が引き継いだ。星良ちゃんも、【反転術式】でほとんど呪力を使い切っているだろう。灰原のことは星也君に任せて――……」
「……もう」
夏油の言葉を七海が遮る。
「……もう……あの人 一人でよくないですか?」
血を吐くように紡がれた言葉に、夏油は何も返せなかった。
重苦しい沈黙の中で、星也の真言を紡ぐ声だけが響く。
「……そんなわけないですよ」
やがて、沈黙の末に星良が七海の服の袖を掴み、悲しそうな笑みを浮かべた。
「五条 悟は一人しかいません。どれだけ強くても、一人で全ての任務をこなすことは不可能です」
「その結果がコレですよ。五条さんなら簡単にできてしまう任務で、現に灰原は死にかけている……!」
呻くように七海は叫びに、星良の細い腕を掴む。それに対して、星良は「そうですね」と小さく返した。
「けど……術師の死はあたしたちには日常。悲しいことですけど、今回が特別なわけじゃない」
星良の言う通りだ。
きっと、今日もどこかで、夏油の知らぬ術師が何人も命を落としているだろう。学生のうちに死んだ術師も大勢もいる。珍しい話ではない。
「もし今日のことで七海さんが術師を辞めても、あたしが明日 死んでも、星也が戦えなくなっても……世界は廻る。何も変わらない。呪霊は生まれて、術師が祓って、そんな日々の繰り返し。でも、これだけは分かります」
――この世の呪術師が五条だけになったなら、人間は滅ぶ。
星良の声は淡々としていて、まだ十歳足らずだというのに、妙な説得力があった。
「呪霊が人間を食い尽くすのが先か、五条さんの心が壊れてしまうのが先か……分かりませんけど。どんなに規格外の力を持っていても、五条さんだって人間です。たった一人で戦い続けるなんてできませんよ」
返す言葉もなかった。
たった一人で戦い続けるなど、夏油には考えられない。今でもギリギリなのに、それを一人でやれと言われたら、間違いなく壊れる。
何も言えずに俯く七海の頭を、星良が優しく撫でる。その様子は、まるで母が子どもにするような慈愛に満ちていた。