第5章 アレグレットに加速する心【自分のために】
「……で、どうしたんだよ?」
「……何も……目が覚めたら……メグに会いたくなった……」
顔を伏せて、どこか甘えるように詞織が呟く。
なるほど。これはもう、襲ってもいいということだろう。
むしろ、詞織と出会ってから約八年間、よく耐えた。
好きな女と一つ屋根の下、理性を保ち続けた自分を褒めてやりたい。
――なんて、できるわけもない。
再びため息を吐き、それでも一言 言ってやりたくて、伏黒は詞織の頬に手を伸ばした。
「オマエさ、この状況 分かってる? 男の部屋にのこのこ来て……何されても文句言えねぇぞ?」
「何か、って……?」
やはり、何も考えていなかったようだ。
寂しくなって、一番に思いついた伏黒のところへ来ただけ。
だが、現在 呪術高専には兄である星也も姉の星良もいる。その中で、一番に自分のところへ来てくれた。
そんなの……。
「鈍感」
ポツリと呟いて、グッと顔を近づける。
大きな夜色の瞳には、詞織への恋心を持て余す自分の顔がはっきりと映っていた。
「俺だって男だ。こういうことされると、期待するに決まってんだろ」
もう子どもじゃない。
目の前にいる好きな女を組み敷いて、無理やり自分のものにすることだってできる。
責任をとるなんてことはまだできないけれど、そうするだけの力はあるのだ。
それをしないのは、嫌われたくないという臆病な心と、詞織を守りたいという使命感、少女との関係を無責任なものにしたくないという矜持。
「き、たい……?」
伏黒の言葉を受けて、じっくり数秒意味を反芻した詞織の顔が、ボンッと真っ赤に染まった。
どうやら、ようやく自分のとった行動の浅はかさに気づいたようだ。