第5章 アレグレットに加速する心【自分のために】
眠っていた意識が覚醒する。
なんだか、ひどく懐かしい夢を見ていたらしい。
確か、星良の反転術式による治療を受けて、呪術高専の寮にある自室で眠っていたのだった。
そこまで思い出して、伏黒はベッドに横たわったまま大きく息を吐き出し、目尻まで込み上げた涙をグッと押し戻した。
「……詞織……」
伏黒にとっての唯一無二の少女の名前。
出会った日の思い出を夢に見たことで、ポツリと呼びかけるように名前を口にする。
「なに?」
瞬間――伏黒は固まった。
ギギ…と、まるで機械のようなぎこちない動作で横を向く。
そこには、床に直接座り、ベッドに頬杖をつく詞織がいた。
吐息がかかるほどに迫った人形のような整った顔、夜を切り取った大きな瞳が瞬く。
思考が停止し、一拍置いて、現在の状況を把握した。
そして――……。
「うわぁ……⁉︎」
毛布を跳ね除け、身体を起こして壁へと仰け反る。
「そ、そんなに驚かなくても……」
目をパチクリとさせる詞織に、伏黒の心臓はまだバクバクと脈を打っていた。
「オマエ、どうやって……」
「どうやってって……普通に鍵を使ったけど……?」
チャリ、と鍵を見せる詞織。
そういえば、詞織とは互いの部屋の合鍵を渡し合っていたのだった。
何かあれば勝手に入ってきていいからと渡せば、「ならば自分も」と詞織も己の部屋の鍵を渡してきた。
その鍵は、渡された意味を考えすぎて、小一時間ほど悶々とした末、引き出しの奥深くに封印してある。
あっけらかんとした詞織の態度に、伏黒は大きくため息を吐いた。
どうせ、少女は何も深く考えていないのだ。
自分ばかりが一喜一憂して……バカらしい。