第40章 正しさに混ざるノイズ【玉折】
「知ってる? 術師からは呪霊は生まれないんだよ」
「は?」
「もちろん、術師本人が死後 呪いに転ずるのを除いてね」
初めて聞く話に、夏油は動揺した。そんな心情を知ってか知らずか、九十九は講釈を始める。
「術師は呪力の漏出が非術師に比べて極端に少ない。術式行使による呪力の消費量や容量の差もあるけど、一番は“流れ”だね」
術師の呪力は本人の身体をよく廻(まわ)る。
「大雑把に言ってしまうと、全人類が術師になれば、呪いは生まれない」
極論――だが、理屈は通る。
呪いが生まれない世界――実現するなら……。
脳裏で【盤星教】の信者たちが手を叩きながら笑っていた。
ずっと消えない光景――周知の醜悪。
命を懸けるに値しない人間ども。
もし、今の話が本当なら――……。
「……じゃあ、非術師を皆殺しにすればいいじゃないですか……」
無意識に口をついて出た言葉。
「夏油くん」と呼ばれ、彼はハッと我に返る。
今――自分は何を口走った⁉
思い返して愕然とした。
疲れていた、ではすまされない。
呪術師でありながら……非術師を守る立場でありながら……いや、それ以前の問題だ。
術師だろうとなかろうと、人として言ってはいけない言葉だ。
九十九は顎に手を当てる。
「それは“アリ”だ」
非難されるかと思ったが、彼女は真面目な顔で一つ頷いた。
え、と思わず戸惑いに掠れた声が出る。
「――というか、たぶんそれが一番 簡単だ。非術師を間引き続け、生存戦略として術師に適応してもらう」
ようは進化を促す。
鳥たちが翼を得たように、恐怖や危機感を使って。
そこまで言って息を吐き、九十九は「だが」と両手を上げた。
「残念ながら、アタシはそこまでイカれてない」
冷静に自分の分析を語る九十九の声に、夏油の頭も冷えていく。