第40章 正しさに混ざるノイズ【玉折】
「①はね、結構イイ線いくと思ったんだ。モデルケースも“いた”しね」
「モデルケース?」
モデルケースがいる、ではなく『いた』。過去形だ。
聞き返すと、九十九は「君もよく知っている人さ」と言って、形のいい唇を開いた。
――禪院 甚爾。
思いがけない名前に、夏油は瞠目する。
去年、【星漿体】護衛任務の際、護衛対象である天内 理子を殺害した男。
【六眼】を持つ五条の目を掻い潜って瀕死の重傷を負わせ、一般人には入れない呪術高専へ侵入した。
強力な【天与呪縛】を課されており、残穢ではなく、目に見えない足跡や常人には嗅ぎ分けられない臭跡を辿り、【薨星宮】まで追いかけてきた。
裏の世界では“術師殺し”の異名を持つ、御三家の一つである禪院家の出身の男。彼の名前を知ったのは、任務のゴタゴタが片づいてしばらくしてのことだった。
「【天与呪縛】によって、呪力が一般人並になるケースはいくつか見てきたけど、呪力が完全にゼロなのは、世界中を探しても彼一人だ」
彼の面白い点はそれだけじゃない、と九十九は続けた。
「禪院 甚爾は呪力ゼロにも拘わらず、五感で呪霊を認識できた」
そうだ。彼は格納式呪霊を連れ、夏油が呼び出す呪霊も目視しているのと変わらない――いや、それ以上の俊敏さで反応していた。