第40章 正しさに混ざるノイズ【玉折】
「……灰原」
静かな声で夏油が呼ぶと、灰原の大きな瞳がこちらを見上げた。
「呪術師、やっていけそうか? 辛くないか?」
現状――呪術師は追い詰められている。増え続ける呪霊の数に対応できているとは言えない。
任務を終えてもまた任務。呪霊との戦いに終わりはない。
この数ヶ月でたくさんの術師が死に、そしてたくさんの術師が限界に追い込まれて辞めていった。正直、自分もギリギリの状態だと感じている。
夏油の問いに、灰原は「そうですね……」と顎に手を当てた。やがて、ニッと口角を上げる。
「僕はあまり物事を深く考えない性質(たち)なので……自分にできることを精一杯やるのは気持ちがいいです!」
ビシッと親指を立てて得意げに語る灰原に、夏油は目を丸くした。
「……そうか」
短く返す。
自分にできることを――そう、考えていた時期もあった。
――「『弱者生存』──それがあるべき社会の姿さ。弱きを助け、強きを挫く」
五条にも言い続けていたことだ。
強者としての責任を果たせ。
自分たちは呪術師だ。弱き者を守る責任があるのだと。
口では「一般人(パンピー)なんて」とぼやきながらも、五条は一番 先陣を切って戦っている。今 このときも。
星也も、星良も。
七海も、灰原も。
きっと、立ち止まっているのは自分だけだ。
「そうだな」
自分に言い聞かせるように、夏油はもう一度 頷いた。
そこへ不意に、ゴツッと重たいブーツを踏み鳴らす音が耳に届く。
「君が夏油くん?」
声の方へ視線を向けると、背の高い女性がこちらへやって来た。
「どんな女がタイプかな?」
いきなり何の話だ、と夏油は眉を寄せる。
髪が長く、抜群のプロポーションを持つその彼女を自分は知らない。けれど、彼女はこちらの名前を知っていた。会ったことはないのに。