第40章 正しさに混ざるノイズ【玉折】
――「夏油さんの術式は、精神的にも、肉体的にも負担を強いるでしょう?」
任務を終え、黒い球状にした呪霊を見つめながら、夏油は数日前の星也の言葉を思い出していた。
蛆のように湧く呪霊はとどまることを知らず、次から次へと任務を持ってくる。
祓う、取り込む――その繰り返し。
祓う。
取り込む。
祓う。
取り込む。
祓う……取り込む……。
おもむろに口を開き、黒い球状にした呪霊を呑み込む。
拒絶したがる喉を無理やり動かして嚥下し、込み上げてくる不快感に吐き気を堪えた。見開いた目尻から生理的な涙が滲む。
負担……そんな生易しいモノではない。
皆は知らない――呪霊の味。
吐瀉物を処理した雑巾を丸呑みしているような、そんな感覚。
祓う。
取り込む。
祓う。
取り込む。
――……誰のために……?
任務を終え、高専のシャワールームで冷や水を頭から被る。
星也が忘れていないように、夏油にとっても、【星漿体】護衛失敗の一件は深い杭のようにずっと胸に刺さっていた。
頭から離れないのだ。
【盤星教】の人間たちの高らかな拍手の音、理子の死体を前にした嬉しそうな笑顔。
同時に思い出す。頭から血を流して死んだ理子の光を失った瞳。
分かっている。自分が見た光景は決して珍しくはないと。
――周知の醜悪。
それを知った上で、術師として人々を救う選択をしたはずだろう。
――ブレるな。
ダンダンッとシャワールームの壁を叩き、何度も言い聞かせる。
責任を果たせ。
責任を果たせ。
責任を果たせ。
――強者である術師としての責任を果たせ。
それでも、消えない。
割れんばかりの拍手が。
【盤星教】の信者たちの笑みが。
理子と黒井の死体が。
五条の纏う異様な空気が。
傷だらけで眠る星良の姿が。
二人の死体を前に涙を堪える星也の顔が。
――ダンッ!
一際 強く壁を打つと、ピシッと小さな亀裂が入る。
「……“猿”め……」
震える声が、シャワーの音に掻き消された。
* * *