第38章 襲いくる黒きヴィオレント【壊玉】
もし、すでにターゲットを理子に切り替え、あの男がこの場にいなかったとしたら。
あの速さだ。追いつくことは不可能。
夏油なら足止めができるか?
彼の強さはよく知っている。秒でやられることはないだろう。
星良がどれだけ戦えるかが不安だが……否、戦闘は無理でも守りならなんとかなる。あの男の攻撃を星良の護符は防いだし、理子にも護符を持たせていると言っていた。
どうにか自分が駆けつけるまで持ち堪えてくれればいいが……。
光を放つ呪力と共に、空を覆う蠅頭が消えていく。星也の呪力だ。この威力を考えると、かなり消耗していることだろう。
あの歳でこれほどのことができるとは……将来は自分と肩を並べるだけの術師になるかもしれない。
【無下限呪術】で蠅頭から身を守りながら、上空の星也に意識を向ける。視認することはできないが、ぼんやりと呪力は感じる。
あの高さなら、いくらフィジカルギフテッドでも届きはしない。あとは、星也が夏油と合流してくれれば……。
そのわずかに意識が逸れた隙――蠅頭が一掃されていく中で接近する気配に振り返った。
まだここにいたのか……!
死角からの攻撃。問題ない、対処できる――振り返った先で男と目が合う。その手には、十手に似た形の短刀が握られていた。
術式は発動している。自分には届かない――はずだった。
【特級呪具――天逆鉾(あめのさかぼこ)】
効果――発動中の術式強制解除。
【天逆鉾】の切先が五条の喉を貫く。
五条は自分を貫く男の手を掴むも、刃は容赦なく喉から胴に向けて身体を裂いた。さらに畳み掛けるようにして五条の足を滅多刺しにする。
崩れ落ちる五条の額へ、男はトドメとばかりに隠し持っていたメスのような小さな刃を突き立てた。
細かな血飛沫が飛び、バシャッと音を立てて血溜まりの中に五条が沈む。
「……少し、勘が戻ったかな」
コキコキと肩を鳴らしながら、五条の死体を振り返ることなく、男――伏黒 甚爾は【薨星宮(こうせいぐう)】へと向かった。
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